ベジタブル
「さて、新しくソースを作らないと」
そのように呟くと着替えたジークは、料理を作る前にいつも行っている準備運動を開始した。しかし運動といってもたいしたものではなく、簡単なストレッチというところであった。
これもまた見慣れた光景なので、誰も気にする様子はない。中にはストレッチをしているジークに堂々と今日の日程を話す者もおり、互いにかわされる会話は他人に理解できる内容ではない。
相手から、一方的に投げ掛けられる言葉。そして、ジークがその相手に返していく言葉というのは「うん」と「うーん」の二言と、首を微かに傾げる程度の動作の二種類であった。
だが、それだけで会話が成立していた。それを証明するかのように相手は「わかりました」という言葉で会話を終了する。一方のジークは、何事もなかったかのようにストレッチ運動を続けていた。
自身が思っている以上に、真面目に働いてくれる従業員の面々。彼等に感謝しきれない感情を抱きつつ、今日の仕事を開始する。そしていつものように、数多くの客で店は賑わい舌を楽しませていく。
特に、問題が発生せずに――
◇◆◇◆◇◆
その日の夜、ジークはいつものように例の弁当を作っていたが、今日から弟子の二人も弁当作りに参加し、ジークの手伝いを行なっていた。何故、このようなことを――彼等は疑問を抱きつつも師匠が行っていることと自己完結し、異論を唱えることはない。それどころか、黙々と作業を続ける。
「量は、均等に」
「は、はい」
「それ、形が崩れている」
「す、すみません」
「弁当といって、手抜きは不要」
「わかりました」
「ほら、何度言わせる」
「御免なさい」
厳しい口調の数々にレイとディランの二人は、何度も返事を返していく。修行は、明日から――と言っていたが、彼等の今から修行が開始していた。だからといって二人は文句を言うことはせず、寧ろ本格的な修行ができることに喜んでおり、目付きは真剣そのものだ。