ベジタブル
「という訳で、宜しく」
「えっ! 師匠」
「謎を残して、行かないで下さい」
「後で、話すよ」
それだけを言い残すとジークはトマト二つ持ち、勝手口から外へ出ていってしまう。その後、暫しの静寂が包み込む。刹那、ガタンっと音が響き渡った。その音に二人は抱き合うとか細い悲鳴を発してしまうが、音の主は幽霊ではなくジークが言っていた客人であった。
訪れた相手が普通の人間だと判断した瞬間、二人は胸を撫で下ろすが、額には大量の汗が滲み出ていた。レイとディランはポケットに入れていたハンカチで汗を拭うと、懸命に対応に当たっていくが、今度は客人側が警戒してしまう。そう、ジークの姿が何処にもないからだ。
見慣れない人物に、相手は驚きを隠せない。いつもならジークが対応してくれるのだが、目の前にいるのは明らかに若造。弟子入り以前は夜遅くまで仕事をしていなかったので、勿論顔は知らない。
トレジャーハンターや冒険者だけあって、放たれる殺気は通常の人物とは違う。彼等のジークへの信頼はとても篤いので、見ず知らずの人物が厨房にいる時点で排除の対象となってしまう。一斉に、腰にぶら下げてある剣を抜刀する。その恐ろし過ぎる光景に、二人の悲鳴が厨房中に響き渡った。そして一種の修羅場になってしまい、厨房は戦場と化してしまう。
響き渡る悲鳴に、ジークはピクっと身体を震わせてしまうが、それ以上の反応は見せなかった。その理由として「大丈夫だろう」と楽観的な考えを持ち、それに殺人事件に発展しないと自負していたから。
「いいのか?」
「いいよ」
「弟子だろ?」
「血の気が多い人物と、これから付き合うんだ。これくらいは、慣れてもらわないと困るし」
「そ、そうか」
「そういうものだ」
そう言葉を発した後、ジークは瑞々しいトマトを齧る。その何とも薄情とも取れる反応に、相手は溜息をついた。しかしこれからジークと共に働くには、これくらいで根を上げていては勤まらない。中には真面目な人物もいるが、大半が職業に比例し気性が荒い者も目立つ。