もしも君と恋ができたら
心臓が一瞬、止まったような気がした。
「そうなんだ」
平静を装って、意味もなく置き時計の位置を変える。
「しょうくん帰ってきてるの?」
彼はグラフィックの仕事をしていて、ときどきふらっと実家に帰ってくるのをわたしは知っている。
「昨日ね。またすぐ戻るらしいけど。朝子さんとさっき話したら、しょうくんを手伝いに寄越すって」
朝子さんとはしょうくんのお母さんだ。
彼女たちは仲が良くて、毎朝飽きもせず玄関で井戸端会議に勤しんでいる。
要するに、そこでわたしの引っ越し準備が大変だと朝子さんに話したら、朝子さんがしょうくんを貸し出すと言ってくれたようだ。
しょうくんが進んできてくれるわけじゃ、ない。
「別にいいのに。しょうくん忙しいでしょ」
「よくないわよ。男手は必要よ! お礼をちゃんとすればいいんだし、あんたが」
「わたしがっ?」
「当たり前でしょう。 あかりのことなんだから」
わたしが口を開こうとしたところで、階下からやかんがけたたましい音をたて、お母さんは慌てて飛んでいってしまった。
「……」
まだ少しだけ、胸の調子がおかしい気がする。
小さく息を吸って、ゆっくりと机の引き出しを開けた。