もしも君と恋ができたら
車に入るだけ詰めて、わたしの新居に向かうことになった。
後部座席に座るスペースはないし、わたしは助手席に座るしかなかった。
わかってはいたけど、やっぱり緊張する。
「どこに就職したんだ?」
「あー、○×の事務」
「ああ、海の近くの?」
「うん、そう」
「へぇ……」
「……」
「……」
「……」
「高速乗るから」
「あ、うん」
車内での会話もうまく続けられなくて、窓の外の景色に目をやりながら内心落ち込む。
もっとうまく話せたらいいのに。
緊張してるせいか全然言葉が頭に浮かんでこない。
小さくため息をついて、ハンドルを握るしょうくんの手をちらりと見た。
大きくて、きれいな手。
昔はあの手でよく撫でてくれた。
逆上がりができるようになったときとか、テストでいい点を取ったときなんかに、親よりもまずしょうくんに報告に行っていた。
『よくやったな、あかり』
しょうくんはそう言って、必ずわたしの頭を撫でてくれた。
だけどもうその手は、わたしに触れることはない。
決して。