今夜、君とBloodyKiss
「うわぁ!」
「え?聞いてなかったの?」
我に返ったように驚くと、驚くように結斗も目をパチパチさせた。
「聞いてなかったって……」
なんの話かわからない。さっきの結斗とおじいさんの会話なら1ミリも聞いてない。
だが、言えるだろうか。この強面のおじいさんの前で、話聞いてませんでした。なんて。
私は言えない!
ビクつきながらも、小さく聞いていたよ。と答えると、結斗は良かった。と言ってその場に跪いた。
そして手慣れたように杏里の手を取ると、その甲に唇を寄せる。
「えっ!ゆ、結……っ!?」
口付けられると思った直後に、思わぬ痛みが走る。思わず溢れる涙と、漏れる息を抑えるよう試みるが、信じられないくらい痛い。
手元を見ると手の甲に結斗の唇ではなく歯が刺さっていた。
「ふっ!?」
驚きで思わず目をみはるが、すぐ痛みが勝り苦痛に歪む。
痺れが全身に回った頃、ようやく結斗が手から離れた。
思わず守りこむように一歩下がって、手を振り払う。睨みつける杏里の視線に結斗は困った表情で立ち上がる。
「時は来た!」
突然に響く声に振り返ると、おじいさんが大きく手を上げていた。周りの人たちの面持ちも固くなった。
「第269代当主として宣言しよう。270代当主として、ユイーリンをここに据える」
同時に結に噛まれた手が熱くなる。余りの熱さに表情を歪めると、次第に模様が甲に浮かび上がる。
「な、なにこれ………」
見覚えのない文様が浮かび上がる。が、いや。違う、どこかで見たことがある。
チラリと掠めた可能性に、そっと視線を動かす。そう、おじいさんの背後に。
「あ、それ家の紋章」
あっさり答えた結と、視界にとらえた大きく主張している手の甲と同じ紋様を認識したのは同時だった。
「なんだよなんだよなんだよ………」
もうついていけなくなって、私は簡単に意識を手放した。