彼の手
彼の手
「や……こないで」


懇願するあたしの声を無視して、その足は確実にあたしとの距離を縮めている。




「それ以上こっちに来るなら叫ぶわよ」




既に 大きな声を出してはいるけど、彼の足を止めさせる方法がもう、 これしか思い浮かばなかった。



予想通りあたしの弱々しい威嚇はなんの効果もなく、彼のクスリと笑う声に流されてしまう。




ふと、上を見上げると終着点はすぐそこ。



チッと舌打ちしたい





『逃亡者は北へ逃げる』






推理小説での定説。
なんでそんな分かりやすい逃げ方するのよ。と冷笑しながら読んだ記憶があるけど、今のあたしならその心理が少しだけ分かる気がする。



考える余裕なんてなかったんだ。

とりあえずここから逃げなくちゃと本能が働いたんだ。



気づけばこの階段を上っていた。
はぁはぁと乱れる呼吸に、酔いも手伝って足は今にも止まりそうになるのを鞭打って動かす。



そして、頭の中は後悔でいっぱい。



< 1 / 18 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop