薔薇色のキス
ふと手塚さんを見ると、
ああ、やっぱりね。
ニコニコしてこの状況を楽しんでいらっしゃる。
「さっきの、手塚さんも含まれてましたよ」
「そうだね」
「反論はなかったんですか?」
モテてる事を自覚していらっしゃるなら、
反論なんてないかも知れないけど。
「どうだろ?実際、斎藤さんは可愛いし」
「ンへっ?!」
思わず変な声が出てしまった。
もう一度彼を見ると、涼しげなお顔でグラスを煽っていらっしゃる。
「なに?真優どうかした?」
「ううん、何でもない。
これお代わり頼もうかなと思って。
すみませーん」
さっきもう止めようと思ったのに、
動揺して店員さんを呼んでしまった。
「はい!ご注文ですか?」
元気に注文を取りにきた店員さんに、環が自分のと私のお代わりを頼むと、横から手塚さんが烏龍茶を一つと言った。
「もう飲まないんですか?」
何度か一緒に呑んでるけれど、手塚さんはお酒に強い方だと思っていた。
「飲むよ、斎藤さんが頼んだやつをね」
「えっ」
「もう要らないんでしょ?」
「どうしてそれ……」
「薔薇色の頬が真っ赤になってるし」
人指し指ですっと頬を撫でられた。
ゾクッと身体を熱いものが駆け抜ける。
「止めてください……」
「松岡さんの話、もっと聞きたかったな」
なんか職場と雰囲気が違う手塚さんに、
胸がドキドキし出す。
「もう里美ちゃんは泊めてあげません」
「そうか、じゃあ俺が泊めてもらおうかな」
なにこれ?
もしかして私、口説かれてるの?
「手塚さん、酔ってます?」
「いいや」
デスヨネ……って違うの!?
あなたには美人秘書の三木谷さんがいるんでしょう?
「あの……」
「なに?」
にっこり極上の微笑みをされて、ドキドキがバクバクに変わった。
ィヤーー!
やっぱりこの人怖い。
顔は笑ってるのに眼鏡越しの瞳がキラッて光ったもの!
「私…その…酔ったのかな…気分が悪いので
やっぱり今日はもう帰ろうかな」
ここにいるのは危険だわ。
このまま酔った勢いで口説かれ続けたら、
逃げ切れる自信がない。
いくら手塚さんは素敵だってわかってても、
大勢の中の一人にはなりたくないし、
美人秘書の三木谷さんと修羅場なんて、
格好の休憩室の話題を提供するのは絶対に避けなきゃ。
「ちょっと化粧室へ……」