薔薇色のキス
慌てて鞄を持ってトイレへ向かい、
ササッとグロスだけ塗り直す。
夏前に『唇も日焼けするんだよ』って
聞いて、環から教えてもらった唇の美容液。
最初は寝る前にケアとして塗っていたけど、
グロスにありがちなテカテカ感がないので
気に入って普段も塗るようになってしまった。
「よしっ、もう帰るだけだし」
逃げるように入り口に向かって、さりげなく環を呼ぼうとしたら、いつの間にか後ろにいた手塚さんが合図しようとしてる。
「雪本さん、ちょっと…」
「えっ!!」
環が駆け寄ってきた。
「どうしたんですか?」
「斎藤さん気分が悪いみたいだから
先に帰るって」
「ホント?」
環が私の顔を見て疑わしげな顔をする。
「う、うん。なんか疲れが出たのかな」
……はい、ごめんなさい。
悪いのは体調じゃなくて貞操に自信がもてないからです。
心の中で環に手を合わせる。
「わかった、一人で大丈夫?」
「うん、まだ早いし。えっと……」
財布を出そうとしたら、目の前に諭吉さんが
差し出された。
「俺のと二人分。足りなかったら月曜に請求
してくれ」
「「えっ?」」
驚いたのは私だけじゃない。
環の顔が鳩が豆鉄砲状態になっているもの。
「心配だから送っていくよ。方向一緒だし。
今、細かいのがないんだ」
「一人で大丈夫ですから!」
慌てふためいて青くなった私は環から見たら具合が悪く見えたのだろう。
「そうね、顔色も良くないみたいだし……
その方が安心だわ」
「へ、平気よ。手塚さんもまだ飲み足りない
んじゃないですか?」
「いや、俺はもう」
「そうですよね、さっき烏龍茶頼んでたし」
環!
それ違うのよ!!
「でも……」
必死にアイコンタクトで訴えたのが通じたのか、環が怪訝そうな顔で私を見た。
「真優?」
そうよ、環。
私、彼に送られたくないの。
このままじゃ、狼さんに食べられちゃうー
って冗談言ってる場合じゃないのに!
やだ私、本当に酔ってるみたい
「私が一緒に帰ろうか?」
「いいの?じゃあ……」
ホッとして気を抜きかけたのに。