薔薇色のキス
「雪本?どうした?」
嗚呼、そうでした……環の彼氏さん。
あえて名字で呼んでますが、まあ翔平くんは同じ大学だった実穂以外全員を名字で呼んでるからだけど。
一瞬ぎゅっと瞳を閉じた私を見て、翔平くんが瞳を細めた。
「どうかした?」
付き合い始めたばかりのカップルの時間を奪うなんて、私には出来ません。
「真優が具合悪いみたいなの」
「え、そうなのか?!斎藤さん大丈夫?」
「だから……」
「俺が送っていくって話してたとこ」
環の言葉に被せるように手塚さんが言った。
まだ他の皆に秘密の二人の関係なのに、不思議と彼は私の空気を読んでくれたみたい。
「うん、ごめんね。手塚さんもすみません」
「真優?」
いいの?って環の大きな瞳の訴えに苦笑いして頷いた。
今さらやっぱり残りますと言える状況でもないし。
「せっかく盛り上がってるし、実穂ももう少
したら来られそうなんでしょう?
よろしく伝えておいてね」
「おう。手塚さんよろしくお願いします」
「責任もって経理の白雪姫を送り届けるよ」
ああ、出た……
その呼び名は配属されてすぐに課長が私につけたあだ名。
色白なのは美徳の一つだと自覚はしてるけど、夏は赤くなるから日焼け対策が必須だし
こんがり焼けた肌に憧れたりするのよ。
それに、何よりも姫なんかじゃないからやめて欲しいと何度も言ったのに、経理の皆さんにはその呼び名が浸透してしまった。
「そうそう、斎藤さん経理でそう呼ばれてん
だってね」
「翔平くんも知ってるのね」
落ち込んだ溜め息をつくと、翔平くんに
『姫扱いなんていいじゃんか』って頭を
ポンポンとされた。
「監査は何でも知ってるさ」
不機嫌そうな顔で言う手塚さんの嫌味に、
翔平くんより私がムッとしてしまった。
「手塚さん!」
「いいよ、斎藤さん」
翔平くんが苦笑いする。
「すまない、悪気はなかった」
ばつが悪そうに手塚さんが謝った。
「平気です、だいぶ慣れてきましたから」
「大丈夫、加瀬くんは負けないから。ね?」
「おう!」
環が頭をよしよしすると、翔平くんは途端に
元気になった。
いいなぁ。
やっぱり慰めあったり励ましあったりする相手がいると、お仕事頑張れるよね。
「真優、本当に大丈夫?」
「あ、うん」
この状況で他に送ってくれる人がいるとしたら私の彼という存在だろうけど、残念ながら就職と同時に別れてしまって今はいない。
「じゃあ家に着いたらメールしてね」
「わかった」
そうして私たちはお店を後にした。