センセイの白衣
「それで、結局どうするんですか?理学部に行くんですか?それとも、県内の教育学部ですか?」


「理学部に行きたいです。」


「お母さんの意見は?」



ついに始まった三者懇談。

担任は、ドラマだったら完全に悪役の声で、私を追い詰めていた。



「母親としては、うちの子には県内で進学してほしいです。うちは母子家庭ですし。」


「では、教育学部、というのがお母さんの希望ですね?」


「はい。」



担任は、私を射抜くような目で見つめた。



「だ、そうです。結局は、お金を出してくれるのはお母さんですからね。どうするんですか?」



楽しむように、口元を歪める担任。

この人、教師じゃなかったら殺し屋か何かが似合う。

ちらっと、そんなことを思った。



「私は、理学部に行きたいんです。県内に、理学部はありません。」


「どうして、教師になるのにわざわざ理学部にいかなければならないのです?教育学部で十分じゃないですか。」


「それは違います。」


「何が違うんですか?」



いつも、このあたりで負けていた。

担任に、口答えなんて出来なかった。

だけど、今日は負けちゃいけない。

今日だけは―――



「理学部で、専門的なことを学んでから教師になりたいんです。」



そう言った瞬間に、担任の眉がぴくっと動いたのを見た。

分かっている。

教育学部出身の先生に向かって、言うことじゃないってこと。

だけど、その答えを求めたのは先生じゃない。

あなたが、私に言わせた―――



「その必要はありませんよ。そもそも高校では、さほど専門的な知識を教えはしません。むしろ、教育に関する勉強をしていた方が、ずっとためになります。」


「でも、私は理学部を出て、教師になりたいんです。その方が、色んな引き出しを持った教師になれると思うんです。深くまで学問を追及して、その後で教師になりたい。勉強としてだけじゃなくて、本質的な意味で生物学を好きになってほしいから。」



震える声で一息に言うと、先生は笑った。

うすら寒く笑ったんだ。



「教育学部で、本質的な学問ができないと言うのですか?」



声を荒げるでもなく、微笑んだまま静かに言った担任。

でもその目は笑っていなくて。

強気な言葉の割に、私はどんどん追い詰められていた。


そして、最後の、最後の砦。


私は、用意した資料を、担任の方に向けて机に置いた。

冷静になろうと思うのに、担任のばかにしたような笑みがそうさせてくれなかった。

悔しくて、悔しくて。

私はいつの間にか泣いていた。

頬を涙が伝うけれど、それを拭うこともしないで担任を睨みつけた。



「これを見てください。これが、地元のN大と、こっちがS大のカリキュラムです。」



声が震えて。

でも、はっきりと話した。

カリキュラムがどう違うか。

N大では、私の学びたいことが学べないということ。



「それから、これはシラバスです。」



それからは、両者の大学の実際の時間割を見せて、それぞれの違いを説明した。

S大にはあって、N大にはない授業がたくさんあること。

そして、私はどうしても、S大に行きたいということ。


泣きながら、私は私の本気を見せたつもりだった。

今まで、甘っちょろい人生を歩んできた私だけど。

ここだけは譲れなかった。

どうしても、納得してもらわなければ困る、そう思った。



それなのに―――



担任は、それをたった一言で片付けてしまった。

私が、長い時間をかけて用意した資料も、すべてを説明できるように頭に入れた、その努力も。



「晴子さん、もういいですか?……そんなことは、当たり前ではないですか。N大は、教育学部なんだから。」



その言葉に、涙さえ止まった。

私は一体、何を一生懸命説明していたんだろうと思った。


そんなこと言ったら、元も子もないじゃんか。

教育学部だから、って言ってしまったら、論点がずれる。


私は、自分の学びたいことがN大では学べないと言っているのだ。

単に、教育学部と理学部を比較したわけではなかったのに―――



そのまま、放心状態で3者懇談は終わった。

もう、この人に何を言っても仕方がないと思った。

少なくとも母にだけは、私の熱意が伝わったことを祈りながら―――
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