センセイの白衣
「寮、見たの?」


「はい!親が、寮ならいいって。」


「え、親、許してくれたのか?」


「はい!!!」


「嘘!よかったじゃん!!」



先生は、太陽のように笑う。

いいな。

先生は、海のある街で暮らしたことがある。

だから、その心は、海のように大きい。

海に沈もうとして揺れる太陽が、私をこんなにも温かい気持ちにする―――



「寮かー。ここ、汚ったねえだろ??」


「そうですねー!」


「だって、俺が学生のころからあるからな。めちゃくちゃ古いぞ。」


「じゃあ、それこそ地震が来たら崩れますね。」


「そうだ。絶対中にいちゃだめだぞ!!」



言葉の端々で、私を心配してくれる先生。

そんな先生が、大好き。



「そう言えばなー、俺が学生のとき、一回だけ震度5強くらいの地震が来たぞ。」


「え、大丈夫だったんですか?」


「ああ。校舎にヒビが入ったけどな!その頃は、レンガ造りだったんだ。もう校舎は建て直しただろう。」


「ふーん。」



先生がしてくれる、些細な昔話が。

そのひとつひとつが、忘れられないくらい尊い。

どんなに小さな一言も、聞き漏らしたくない―――



「あ、ここ。理学部棟の裏に、慰霊碑があるんだ。」


「何のですか?」


「実験動物の。」


「へー。」


「理学部って、解剖が多いんだよ。俺、忘れられないのがひとつあってさー。」



先生は、顔をしかめる。



「ヒヨコさんを解剖したときがあって。で、解剖した後のやつを、犬の餌にするとかで鍋でぐつぐつ煮てたんだよ。」


「うわーっ。」


「その匂いがさあー。まあ、ふつうに鶏肉の匂いなわけだけど。……お昼に、学食にいくじゃん?」


「ああーっ。」


「何か、親子丼的なのがあって。その匂いと同じだったんだよな……。」



先生は、顔をしかめながらも笑い出した。



「そんなの、食えるわけないじゃんな。俺は逃げたね。」


「それは……ムリですね。」


「ムリだ……。」



先生と、そんなどうでもいいことをずっと話していた。

何部か訊いたら、「登山部のお手伝い」という何ともよく分からないサークルに入っていたらしい。

そんな、先生の昔の姿が、段々私の中に描かれていくのが嬉しい。

きっと、生徒の中では私しか知らないことが、どんどん増えていくのが、嬉しい―――


途中で、担任がにらんで来たり。

去年の担当の生物の先生が、「長い質問ですね。」とか嫌味を言って来たりして。

それでも、川上先生は適当に受け流して、結局2時間くらい昔話をしてくれた。

余程嬉しかったと見える。



「先生、私、頑張りますね!」


「ああ。頑張れ!」



パンフレットを胸に抱いて職員室を出る頃。

私は、これ以上ない幸せに包まれていたんだ。



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