センセイの白衣
その頃だった。

親に、先生と仲良くしていることがばれた。


どうしてだっけ。

母の知り合いの先生を通じてだったと思う。

先生と私は、別に何をしていたわけでもなく。

ただ、私が普通より少し懐いていて、優しい先生はそんな私を受け入れてくれた。

それだけだったのに。



「川上先生のそばにいないほうがいいよ。変な噂が立つから。」


「何でそんなこと言うの?」


「だって、川上先生って、」



そして、母が語りだしたのは先生の過去だった。

そうでもしなければ、私が決して知ることはなかっただろう、先生の過去。



「川上先生って、はるたちが入学する前の年まで、2年間休職してたらしいよ。」


「え、休職?川上先生が?」


「そうそう。心の病気でね。多分、うつ病だと思うけど。」


「……え。」



いつも明るくて、私をからかう川上先生。

そんな先生が、闇を抱えていたなんて、知らなかった―――



「川上先生は出世が期待されてたの。でも、進路指導主任になった年、たまたま合格実績がよくなくて。そのせいで、降格したらしいんだよね。それがショックだったみたいで。」



嘘だ、と思った。

先生は、出世にしがみつくような人間じゃない。

もっと、誇り高いひとだ。

だけど、人間なんて弱いから、どんなことがきっかけになって、心を病んでしまうかなんて分からない。

先生だって、きっとそうなんだ。



「その結果、もう出世は望めないし。それに、それが原因で奥さんが子どもを連れて逃げて行ったみたいよ。それで、離婚して。もう人生、お先真っ暗。そんな人なんだよ、川上先生って。」



もう、やめて。

そう言いたかった。

先生のつらさが、胸に迫ってくるようだった。



私が一年生のとき、先生はまだ復帰したばかりだったんだね。

だから、先生はちっとも笑わなかった。

あの黒板をほめた一瞬しか、笑ってくれなかった―――


いつも、規則的な足音を立てて歩いていたのは、色んな感情を封じ込めるためだったんじゃないかな。

だから先生は、そうやっていつも、自分の感情を押し込めてしまうから。

心の病気になんて、なってしまったんでしょう?


優しすぎる人ほど、幸せをつかめない。

それって、先生のことだ。


あの、1年生の最後の学年集会で。

ダムが決壊したみたいに涙を流していた先生。

あの頃の私は、先生のこと何も知らなかったけれど。

今なら分かる気がする。


先生が、どれほど苦しかったか。

悔しかったか。

切なかったか。

そして、やるせなかったか。



母に、遠まわしに先生を避けるように言われた日。

私は、もっともっと先生を好きになってしまった。

先生を、守りたくて。


私がどんな失敗をしてみせてもいい。

先生の笑顔を守れるなら、それでいい。

かっこわるくても、担任に怒られても、それでもいい。


先生に愛されることなんてないって分かってるけど。


先生を、心の底から愛したい。

先生を、笑わせたい。


先生に少しでもその苦しみを、忘れる瞬間が訪れれば、それでいい。



おこがましいのかもしれないけど。

でも。



先生を守りたい。



そう思った―――
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