センセイの白衣
そんな二者懇談のせいで、私はその日ふて寝したから。

次の日にあった、英単テストと、数学の小テストの勉強を放棄したんだ。


その結果、どっちもできるはずなくて。

最悪。


私は、褒められると伸びるタイプで。

けなされて、発奮するような人間じゃない。

だから、担任の言葉のおかげで、やる気も根こそぎ持っていかれてしまって。


次の日の生物の授業の時まで、ずっと落ち込んでいた。



「先生。」


「なに?」


「いえ……。」


「なんだ。今呼んだだろ?嫌がらせか。」



川上先生に呼びかけてはみたものの、一体何をどう話したらいいか分からなくて黙る。



「何で落ち込んでんの?」



やっぱり、川上先生はお見通しだ。

私は、ちょっと諦めて笑った。



「昨日の数学の小テスト、何点だったと思いますか?」


「そんなの知るか!何点だったんだ。」


「それがですね、私、生まれて初めて0点を取ったんですよ。」


「え、何点?」


「れーてん。」



唖然とした川上先生は、すぐに笑い出した。



「ばかやろう。俺でも高校の時の最低点、世界史の4点だぞ!」


「4点?世界史で?」


「おまっ、お前に言われたくないんだけど。ちなみに、選択肢の問題がたまたま当たって、4点だ。」



くくく、と笑いだすと止まらない。

川上先生が、そんな点を取ったことがあるなんて。


悩んでいたことが嘘みたいに、笑ってしまう。

川上先生はほんとに、魔法みたいに、悩みを笑いに変えるのがうまい。



「お医者さん、向いてないって、言われちゃいました。」



少しだけ涙を含んだ声で言うと、先生は言った。



「本当に医者になりたいのか?」


「え?」


「気の優しいやつは、医者には向かないぞ。歌人になったらどうだ。」


「だって、短歌じゃ食べていけませんよー。」


「ははは。じゃあ永久就職だな!」


「……え?」



どういう意味か分からなくて、訊こうとしたら、先生はいなくなってしまった。

後で、じっくり考えた。


―――永久就職?


え、もしかしてそれって。


「結婚」ってこと?


先生の口から、そんな言葉が出るなんて驚きだ。

そして、なんだかちょっと嬉しい。


お医者さんじゃなくても、色んな選択肢があるってこと。

担任に言われると、素直に聞けないけど。

川上先生に言われると、すとんと胸に落ちてきた。


同時に、もやもやしていたことも、すべて消え去ったんだ。
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