センセイの白衣
次の週の月曜日。

朝早くに、担任のところに向かった。



「先生、お話があります。」


「なんですか?」


「進路を変えます。」


「え?」



担任は、あれほど進路を変えろって言っていたくせに。

いざ変えると言った私を、冷たい目で見下ろした。

だけど私だって、担任に言われたから変えたわけじゃない。

だから、担任には絶対に、屈しないって思ったんだ。



「それで、医学部じゃなければ今度はどうするんですか?」


「先生を目指します。」


「もうそこまで話が進んでるんですか。それに、教師ですか。……晴子には、向いてないと思うな。」


「え?」



向いてない向いてないって。

医師にも向いていないって言ったくせに。

私は、なんだかむかむかしてきた。



「どうしてですか?」


「晴子は声が小さいからなー。それに、優しいからね。生徒を思い切り、叱れますか?」



そんな言い方。

まるで、私のことを何もかも分かっているみたいな。

声が小さい?

そんなことはないよ。

普段の声の大きさと、授業するときでは違って当たり前なのに。



「それに晴子は、いい学校ばかり出て来たでしょう。あなたは、学校の現実を知らないから。荒れた学校に赴任したら、どうするつもりですか?」



どうするもこうするも。

まだ先生になってもいないのに。

私にだって、そのくらいの気概はある。

度胸も。

何よりも、現実を知っていたから、何だっていうんだ。



「そもそも、どうして急に教師になるなんて言い出したんですか?」


「それは……、先生は、多くの生徒の人生に関われる、良い職業だって、思って。医師とは違う、魅力を感じたからです。」


「へえ。生徒の人生に関われる、ですか。……それは、間違っていると思いますよ。」


「え?」


「高校の教師なんて特に、生徒の人生に関わろうなんてしてはいけない。どちらかというと、生徒の後ろに立っているイメージですね。そして、立ち止まってしまった生徒の背中を、そっと押してあげる。そんな職業だと、私は思いますね。あなたのように、自分の価値観を押し付けるのは、どうかと思います。」



むかむかして、何も言えなくなる。

それなら、先生がやっていることは何なの?

生徒の後ろに立っている?

どう考えても今、担任は私の目の前に立ちはだかっている。

どこに行こうとしても、必ず担任が目の前に現れて。

その道を塞ごうとする。


自分の価値観を押し付けるのは、先生の方なのに。



「他に理由はないんですか?」


「……尊敬する先生に出会ったからです。」



担任に対抗するように言った。

すると担任は、またいつもの、気味の悪い笑みを浮かべる。



「川上先生ですね?」



そんなふうに、からかわないでほしい。

川上先生のことまで、ばかにしてるとしか思えない。



「とにかく、そういうことなので。」



私は担任に背を向けると、職員室から去った。

< 84 / 144 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop