風花
【転校、そして出会い】
高いビル達に代わり、パノラマに広がる山々。
十月も後半になったからか、鮮やかな彩りが山々の表情を変え、目に喜びを与えてくれる。
こんな風景のことを、心洗われるような風景と呼ぶのだろう。
けど――
「はぁ…」
――そんな風景を前にしても、俺の心は洗われることはなかった。
教室内のざわめきが漏れ聞こえる、思い出したかのように、時折軋む音を鳴り響かせる木造二階建て校舎の二階の廊下に立ち、隙間風が入り込む窓ガラスの向こうの風景を眺めながら、俺は本日のため息数を一つ、更新した。
嫌で仕方なかった。正直言って。
あの日彼女と別れてから二週間。既に住み慣れた東京を離れ、こうして新しい地での生活を始めようとしているけど、俺は未だに吹っ切れてはいなかった。
別に彼女に未練が有る訳ではない。
そうではなくて、俺は人を信じることが出来なくなったんだ。
愛してる。一緒にいたい。
そう口にし、唇を重ね合い、互いの温もりを感じあった俺達。
だけどその数日後にはあっさりと別れを告げられて。
結局あの言葉は、その場を盛り上げる為だけの合言葉に過ぎなかった。
そんな風に、人間は相手を利用する為に平気で思ってもいないことを口にする。
勿論、誰もがそうである訳ではないのだろうが、少なくとも今の俺にはそう思うことは出来なかった。
だから俺は嫌なんだ。今から人と関わらなくてはいけないことが。
だから朝からため息が止まらないんだ。
…出来ることなら一人でいたかった。人と関わりたくなかった。
…でも、そんなことは不可能だということを、人は一人じゃ生きていけないということを、俺は子供の頃から親父に教わって知っていた。
一人で生きていると思ってはいても、それは思い込みなんだ。人は、必ずどこかで人と関わっている。
だからどんなに人と関わるのが嫌でも、関わらなくてはいけないのだ。
それに…
「じゃあ、転校生君!入って来て!」
新しい生活の幕は、もう開いてしまったのだから…