風花
「ごめんなさいね、草部君」
「いえ。気にしてませんから」
「そう。ありがとう。じゃあ草部君の席だけど――」
相変わらず愛想笑いを貼付けたままの俺の言葉に、彼女は安心したような笑顔を浮かべる。
俺のことを、精神的に大人な人、と思ったのかもしれない。
それは勘違いに過ぎないのだけど、そのことを訂正するつもりはなかった。
面倒臭いし、評価を下げるようなことをわざわざしたくないから。
「――あそこの席なんだけど、大丈夫?」
女教師が指差したのは、三列ある列(男女のペアで一列なので、正確には六列)の真ん中の列の一番後ろ。
一番後ろといっても、十数人しかいない生徒達を三列に分けているので、黒板までそう距離はない。
俺は視力も悪くはないので、特に問題はなさそうだった。
「はい。大丈夫です」
「よかった。じゃあ席に着いてくれる?」
「はい」
軽く頷き、俺は指定された席へと向かう。
――集まる視線。クラス中から視線を感じる。
その全てを黙殺し、俺は自分の席だけを見て進んだ。
それは席に着いてからも同じで…
「それじゃあ連絡なんだけど……」
女教師の言葉も、集まる視線も、全て流しながら、俺は黒板だけを見続けた。
わかっていたから。これから“恒例の強制イベント”が行われることが。
だからそれまでの時間。それまでの時間だけは、現実逃避を、人に関わらないようにと、最後の悪あがきをしていたかったんだ……