運命を画策した堕天使
ピピピと鳴る時計のアラームを止めて、私はベッドから降りた。
着替えをすませて部屋を出ると、階下で朝食を作っているお母さんに声をかける。
「お母さん、おはよう。」
「おはよう、二葉(ふたば)。今日も早起きね~。」
「うん、何か手伝うことはない?」
「大丈夫よ、先に自分の支度をしちゃいなさい。」
「・・・うん、」
洗面所に行って顔を洗う。
そこには平凡すぎるほど普通の女の子が鏡に映っていた。
ここは日本。
今の時代は平成と言う。
戦争もなく平和で、身分の差もない。
モノが溢れている豊かな時代だ。
そんな時代に産まれた私は、
卯木 二葉(うつぎ ふたば)
中学二年生。
もちろん、美しくて賢い姉がいる。
姉の名前は、一花(いちか)
高校二年生で生徒会、副会長をしている。
私達の通う学校は巷でも有名な私立のお坊ちゃん、お嬢ちゃん学校、小等部から始まって大学までエスカレータ式に進学できた。
昔の時代なら考えられないほど、恵まれた環境に初めは戸惑ったけど、やっと慣れてきたような気がする。
ピンポーンとチャイムが鳴って、私は玄関に急いだ。
慌ててドアを開けると、
「二葉、おはよう。」
「お、おはよう、」
にっこりと微笑む彼がいた。
隣に住む幼馴染み
神崎颯真(かんざき そうま)
ずっと私を助けてくれていた青年の今の姿。
いつもなら窮地を助けてくれる時にしか会えなかったのに、この世では勝手が違うのか、産まれたときから一緒にいた。
ぼけっとしていたら、後ろからバタバタと音がする。
「うわっ!どうしよう~、生徒会の集まりがあるのを忘れてた!遅刻しちゃう~。」
「もう、お姉ちゃん。あと十分早く起きれば慌てなくて済むのに、」
お姉ちゃんの叫び声に呆れたようなお母さんの声。
私の横をお姉ちゃんが通り過ぎる。
「わかっているけど、出来ないの!って、こんな話をしている場合じゃないわ。お母さん、いってきます~。あ、颯真、おはよう。二葉、先に行くね。」
「うん。」
「おはよう、一花さん。」
「相変わらず爽やかねぇ、颯真。じゃ、」
慌ただしく出て行ったお姉ちゃんを優しい目で見ていた、彼。
ズキッと胸に痛みが走る。
胸の痛みを和らげたくて、きゅっと胸の前で拳を作った。
「やれやれ、お姉ちゃんにも困ったものねぇ。二葉みたいに早起きしてくれないかしら、」
「・・・でも、お姉ちゃん、忙しいし、」
苦笑いしながらこぼすお母さんに、そう言えば、
「二葉はお姉ちゃん想いの良い子ね、」
と、頭をなでられる。
今まで母親に頭をなでられるなんて事はなかった。
いつも罵られて、邪魔だと言われ続けた事しかないのに、この時代は、やっぱり何かが違うんだ、そう思った。
―――
彼、颯ちゃんと一緒に学校へ行く。
これは小等部からずっと続いている。
「二葉、数学のプリント、俺の部屋に忘れてたよ。」
「え?ほんと、」
「うん、教室に入ったら渡すけど、」
「けど?」
「最後の方、方程式間違っていたから書き直しておいた。」
「・・・、」
黙る私に颯ちゃんが微笑んだ。
「あんなに教えたのに、間違えるなんて二葉らしいね。」
「うっ、ご、ごめんね。」
数字は昔から苦手だった。
それを計算して、よくわからない公式に当てはめて問題を解くなんて、できっこない。
ため息を吐いて肩を落とせば、ポンポンと颯ちゃんが私の頭を叩いた。
まるで大丈夫だ、と言うように、
「・・・颯ちゃん、」
隣を見上げれば、澄み切った空の中、彼の笑顔が輝いていた。