運命を画策した堕天使



リビングに戻れば、制服を着ているお姉ちゃんがいた。
後から来たお母さんが声をかける。



「あら、一花、今日は学校?」

「うん、夏休みが終わったら、すぐに文化祭だから。その準備に、」

「忙しいのねぇ、生徒会も、」

「まぁね、そういうこと。あ、お昼ご飯はいらないから、」

「わかったわ、気を付けていってらっしゃい。」

「は~い、いってきます~。」



お姉ちゃんが玄関に行ったタイミングでピンポーンっとチャイムが鳴った。
話し声が聞こえてきて、パタンとドアの閉まる音がする。



「お邪魔します、」



と、颯ちゃんの声が聞こえて、私は慌てて玄関に向かった。



「颯ちゃん!」

「そんなに慌てなくても、おはよう、二葉。」

「あ、おはよう。」

「その髪型も可愛いね。」



ポンと頭に手を置かれて、私の頬は赤くなる。
頬の色を誤魔化したくて俯けば、顔を覗き込むように颯ちゃんが屈んだ。



「ん?どうしたの?」

「な、なんでも、」

「でも、顔が赤い・・・もしかして熱がある?」



そっとおでこに触れる颯ちゃんの手の平。
大きくて、華奢に見えて骨張っている手の平を感じてビクッと肩が震えた。
クスクスと颯ちゃんが笑う。



「そ、颯ちゃん!」

「あ、ごめん、ごめん。あんまり二葉の反応が面白いから遊んじゃった。」



悪びれずに言う颯ちゃんにパクパクと口を動かす。

最近の颯ちゃんは変だ。
以前はこんな風に、人をからかうことなんてしなかったのに、

ちょっと悔しくて、じと目で颯ちゃんを睨んだら、



「その顔も、可愛いね、」



なんて言われてしまった。



―――



颯ちゃんが家に来た理由。
それは・・・



「だから、違うよ?」

「え?これじゃないの?」

「うん、二葉って本当に数字に弱いね、」

「うっ、」



数学のプリントを前に項垂れる。
膨大にある夏休みの宿題、その中でも数学のプリントに手をつけてなかったのは、逃避?
いやいや、数式を見るだけでも、悪寒が走ったからだ。

呆れるように颯ちゃんが言った。



「うん、予想通りだね。さぁ、今からしようか?」

「プ、プリントを?」

「そう、今日中に終わらせようか?」

「む、ムリだと、」

「うん、ムリだと思うから出来ないんだよ。大丈夫、俺も手伝ってあげるから、」



なんて優しく微笑む颯ちゃんは天使に見えたけど、今は悪魔だ。
ニッコリと微笑んで、私の書いた数式に赤い線を引く。



「さっきも言ったよ、ここは違う公式を使うって、」

「・・・そうだった?」

「そうだよ。」



同じ所で間違える私に根気よく付き合ってくれる颯ちゃん。
本当に申し訳ないと思うけど、数字だけは頭の中に入ってこない。
ガクリと項垂れる私に、「しょうがないなぁ」と颯ちゃんが笑った。



「二葉、これ、なんだ?」

「え?」



颯ちゃんが自分の鞄から封筒を取り出す。
封筒に入っていたのはチケットだった。

よ~く、そのチケットを見てみると、



「颯ちゃん!これ、」

「そうだよ。二葉の行きたがっていた歴史博物館の招待券。」

「ど、どうしたの、それ、」

「ん?父さんの知り合いの人がくれたんだ。二葉が行きたいって言っていたからもらったんだよ。」



そう言って微笑む颯ちゃん。

自分の軌跡があるような気がして、私は歴史が好き。
昔のモノが展示されている博物館に行くのも、その歴史に触れられるような感じがして好きだった。
女の子の趣味としては今ひとつだと、はるちゃんとのりちゃんに言われるけど、
好きなんだから仕方ない、

今夏の歴史博物館は、世界の歴史と題して、様々な国の貴重な文化財を展示していた。

行きたかったけど、入場料が高かったのだ。
中学生のお小遣いでは到底無理で、諦めていたのに、



「これ、欲しい?」

「う、うん。」



私の返事を聞いて、怪しげに颯ちゃんが微笑んだ。



「数学のプリント、全部出来たらあげる、」

「・・・やっぱり、そうなるよね。」

「当然、」



馬の鼻先に人参をぶら下げられました。
馬=私は、人参=チケットにつられて、頑張りました。
ええ、普段使わない脳細胞をフル回転させて、



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