運命を画策した堕天使
本日のお天気は晴天。
ちょっとだけ、おしゃれをした私は、玄関で待っている颯ちゃんに声をかけた。
「お待たせ、颯ちゃん。」
「・・・二葉、」
「な、なに?」
戸惑ったような声で名前を呼ばれたから、自分におかしな所があったのかと思って不安になれば、
そんな私に構うことなく、颯ちゃんが言った。
「可愛い、」
「え?」
「うん、今日の二葉、とっても可愛い。」
きゅっと手を握られて、私は外に連れ出される。
遠くでお母さんの「気を付けて、いってらっしゃーい。」の声が聞こえた。
―――
もっと混んでいると思っていたのに、人もまばらな歴史博物館の中は、クーラーがきいていてひんやりとしていた。
おごそかに並べられた展示物。
それら一つ一つをゆっくりと眺める。
たまに、自分のいた時代の出来事が書かれていて、その結末に驚いたりした。
颯ちゃんは何も言わず、静かに私の横にいる。
手だけは、しっかりと繋いで、
歴史博物館を出ると、夏の熱気が私達を包んだ。
「うわ~、外は蒸し暑いね。」
「うん。颯ちゃん、今日はありがと、」
「いいえ、楽しそうな二葉の顔が見られて俺も良かったよ。」
「・・・、」
そんな恥ずかしいセリフがさらりと言えてしまう颯ちゃんは凄いと思うけど、私相手に言うのは止めて欲しい。
恥ずかしくて俯いたら、
「あれ?楽しくなかった?」
と、心配そうに颯ちゃんが聞くから、慌てて顔を上げた。
「ううん!すっごい楽しかったよ、・・・で、でも、そ、その、」
「クスクス、二葉の顔、赤い。」
「!!!、そ、颯ちゃん!」
また、からかれたと思った私は拳を振り上げる真似をする、と、その腕を颯ちゃんに掴まれた。
「颯ちゃん?」
「・・・二葉、暴力反対だよ。」
「ムッ、じゃあ、からかわないで、」
「ごめん、二葉の反応って、俺のつぼだから、つい、ね。」
「それ、嬉しくない。」
「そう?」
「そうだよ!」
なんて言い合いをしていたら、
「神崎君!」
と、女の子の呼びかける声がした。
見れば、数人の女の子が颯ちゃんに駆け寄って来る。
見覚えがあると思ったら、クラスメイトだった。
それも颯ちゃんのファンの子達だ。
女の子達は颯ちゃんを囲むように話しかける。
一人の子が繋がれた私達の手に気付いた。
「・・・卯木さん、どうして神崎君と手を繋いでいるの?」
「え?・・・あ、あの、」
みんなの視線が手に集まって、ギロリと睨まれた。
慌てて手を離そうとしたけど、しっかりと颯ちゃんに握られていて離すことが出来ない。
オロオロしていると、颯ちゃんが不機嫌そうに口を開いた。
「悪いけど、手を繋いでいるのは俺がしたいからであって、二葉は関係ないよ。」
颯ちゃんの言葉に静まりかえる女の子達、
一人の子が恐る恐る聞いた。
「・・・付き合っているの?」
「いや、付き合ってはない、」
きっぱり言う颯ちゃんに女の子達は良かったと微笑む。
そして、私に視線を移した。
「卯木さん、神崎君は付き合う気がないんですって、幼馴染みかも知れないけど、自分の立場わきまえたら?」
「・・・。」
何も言えなくて、私は俯いた。
手は繋がれているのに、颯ちゃんが遠く感じる。
「ねぇ、神崎君。付き合ってないんなら、今から私達と遊ばない?」
「そうよ、そうしよう!」
黙ったままの私に業を煮やしたのか、女の子達が口々に言い出した。
颯ちゃんは、「ん~、」と生返事ばかり繰り返している。
一人の子が颯ちゃんの腕を掴んだ。
触らないで!
颯ちゃんは、颯ちゃんは・・・
そこまで思って、私は俯いてしまう。
もう、どうして良いかわからない。
じわりと目の前が涙でにじむ。
ぽたりと雫がアスファルトに吸い込まれていった。
その時、そっと颯ちゃんが私に囁いた。
「二葉、俺のこと、どう思っている?」
「・・・。」
「この手を離しても良いの?」
はっ、として顔を上げれば、優しく颯ちゃんが微笑んでいた。
「・・・い、や。」
「うん?聞こえないよ、」
「ダメ、離しちゃ。」
「どうして?」
「だって、だって・・・す、き、なの、颯ちゃんが、颯ちゃんが他の人を好きでも、颯ちゃんが、好き、」
「うん、良くできました。俺も二葉が好き、大好きだよ。」
「え?」
目尻にたまった涙を颯ちゃんがそっと指で掬い取る。
告白されたことに驚いていると、掴まれた腕を振り払って颯ちゃんがパチンと指を鳴らした。
ピタリと女の子達の動きが止まる。
「はい、帰って良いよ。」
「わかりました。」
女の子達の瞳は焦点が合っていないのか、何も映していない。
颯ちゃんの言葉に従うように、私達の周りを囲んでいた女の子達が回れ右して去って行った。
「え?え?」
目の前の出来事に、わからず颯ちゃんを見つめれば、いつもの微笑みじゃなくて、ニヤリと口角を上げて笑っていた。