運命を画策した堕天使
Ⅱ~颯真サイド~
颯真サイド
ここは神と呼ばれるモノが住む国。
人間を見守り、正しい道に導くのが仕事、らしい。
らしい、と言うのは、最近の人間は我々の与えた知恵によって、様々な物を生み出し、そして争うことを覚えた野蛮なモノになったからだ。
もう誰も人間を見ることはなかった。
「ふわぁ、今日も暇だな、」
そんな独り言と共に何気なく人間界を見下ろした時だった。
目に飛び込んだ女がいた。
自信なげに俯いて、瞳に諦めの色をにじませている。
ほんの遊び心だった。
ちょっとした気まぐれ。
商人とは名ばかりで、裏であくどいことをしているだろう男の前に金を突きつけてやった。
後で報復が来るように運命を変えることも忘れない。
へらへらと嫌な笑いを浮かべた商人が去ったあと、女を見ると驚いたような顔で俺を凝視していた。
そして、にっこりと微笑んだ。
―――
「その笑顔に一目惚れしちゃったんだよ。」
俺の腕の中で顔を真っ赤にする二葉。
歴史博物館の帰りにおこった出来事の説明を、今、しているところなんだけど、
抱き心地の良い二葉に、自分が脱線しそうになる。
キスしたいなぁ~、とか、
もう一回抱いたら怒るかな~、とか、
「颯ちゃん?」
「あ、ごめん。」
全てを話し終えなければ、二葉は抱かせてくれないだろうと思い、話を元に戻すことにした。
―――
一目惚れした女を神の国に連れ行く訳にはいかなかった。
人間を神国に入れるのは罪だから、
俺は人間の国で暮らす事にした。
初めは幸せな日々だった。
嬉しそうに笑う女を見るのが楽しかった。
けど、流行病(はやりやまい)で女はすぐに死んでしまった。
こんなに人間とはもろいモノなのか・・・
息をしなくなった亡骸を抱きしめて、俺は初めて涙を流した。
そして禁忌を犯した。
女の魂に俺の印をつけたんだ。
俺の事を忘れないように、
もう一度、会えるように、
人間の生死に神は関わってはならない。
人間は全てを忘れて、新たに始めることが出来る。
それは、神が人間を作ったときに決めた理(ことわり)だからだ。
俺は堕天使として人間界に追放された。
これは俺に取っては好都合だった。
堕天使になって神の力は弱まったが、人間として生きていける。
いつの世でも、女の魂を捜して出会うことが出来るのだ。
何度も転生を繰り返していると、女の事がわかってくる。
女はいつの時代も、自分に存在価値がないと嘆いていた。
綺麗な姉と比較され、見下されていたせいだ。
俺は時間をかけ、ひとつひとつを変えていくことにした。
女が嘆くことがないように、
悲観することのないように、
そして最後、俺に愛をくれるように、
―――
「愛?」
二葉が顔を上げて俺に問いかける。
「そう。今まで、好きだって言われたことなかったんだよ。酷いと思わない?」
「え?えっと、」
困ったように眉間にシワを寄せる二葉のおでこにチュッとキスをすれば、その身体がピクリと揺れた。
そんな可愛い反応に、俺の我慢が限界に近付く、
早く話し終えよう。
俺は先を急いだ。
―――
いつの時代も諦めたように運命を受け入れる女。
その魂は俺のモノだと、寸前で奪い去る。
感謝はされていても、女の心がどこにあるのかわからなかった。
そんな時だ。
愛の神が俺の前に降り立った。
「お久しぶりです。」
「・・・ああ、堕天使の俺に何の用だ。」
「愛のために、堕天使になったあなたに慈悲を与えようと思いまして、」
「は?今さら?」
「人間の世界では長くても、神の世界では一瞬です。お忘れですか?」
「・・・そう、だったな、」
神国と人間界では時の流れが違う、長い間人間として生まれ代わっていたためか、そんなことさえ忘れていた。
「では。彼女から愛の言葉を受け取れば、これからの来世、あなた達は必ず結ばれ幸せになれるでしょう。」
「・・・俺からでは、ダメなのか、」
「ええ。何度やっても効果はなかったでしょう?」
「ああ、」
変えているつもりだったのに、何も変化はなかった、
両親も姉も、
そのたび女は嘆き、悲観する。
変わらないさだめに、
「全てとはいきませんが、私の力で、あなたの努力を実らせましょう。引き続き監視は必要ですが、」
「・・・わかった、頼む、」
―――
「こうして、この時代に生まれ代わったんだよ。」
「・・・えっと、じゃあ、あの、みんな神様の力なの?」
「うん、そうなるかな~、」
「颯ちゃんって、神様だったの?」
「元、ね。」
「・・・じゃあ、今は?」
「今?う~ん、なんだろう。」
「・・・、」
なんだろう?
考えて、一つの答えが思い付いた。
「二葉が好きな、ただの男の子、」
「え?あ、」
二葉の顔が真っ赤になる、顔を隠したいのか慌てて俯くから、無理矢理顎に手をかけて上を向かせた。
「そ、颯ちゃん、」
潤んだ瞳で、俺を見つめる。
「二葉は?俺の事、好き?」
「・・・うっ、うん。」
「じゃあ、言って、」
「颯ちゃん、好き、」
囁くような声に満足して、俺は二葉の唇を塞いだ。
もちろん、それだけでは終わらなかったけどね。
END