駅のホームとインディゴブルー
「恥ずかしいので捨ててください」

「嫌です」

「お願いします」

「これはわたしの宝物です。断じてお断りです」

そう言ってわたしは、さっき開いたばかりの手帳をぱたりと閉じた。

目の前にはがっくりとうなだれる彼がいる。

今日は晴れていて緑もまぶしいけど、梅雨時期ということもあって空気はしっとりと湿気を含んでいる。

「宝物でございますか…。それはそれで嬉しいけど」

「大事なものだからずっと手帳に挟んでおいてます。これでいつでもどこでも一緒っすよ!どやぁ」

「うぁやめてそれかわいいから」

「な、そっちの方がよっぽど恥ずかしいわ…!」

日曜日の昼下がりは、時間の流れがゆっくりな気がする。

裏通りのカフェのテラス席だからかもしれない。

わたしはもう一度手帳を開いて、最後のページに挟んである紙を丁寧に広げた。

薄いグレーの罫線を無視して、斜めに並べられたボールペンの黒い文字。

急いで書いたことが一目でわかる、ちょっと乱雑な文字。

そこからにわかに緊張感も伝わってくるから不思議だ。

思わずくすっと笑ってしまう。

「なに笑ってんの?」

「別にー」

駅で同じマフラーをする彼に出会ってから、実に半年が過ぎようとしていた。

あの短期間にわたしは嬉しくなったり泣きそうになったり、ドキッとしたり落ち込んだりいろいろと忙しかったけど、今となってはどれもきらきらしてて、なんだか愛しい。

そう感じるのも、彼とこうして休日を一緒に過ごせる仲になったからだと思う。

「それにしても盛大に勘違いしてたよね、ただのクラスメイトの女子なのに」

「いやあれは仕方ないよ…」

「まぁでも結果オーライかな。わざわざ同じマフラーを探し回った努力も報われたってもんですよ」

「えっ!?」

わたしは飲みかけていたカフェラテを吹き出しそうになった。

「んー?」

「ちょ…何それ初めて聞いた」

「初めて言った」

「どういうこと?」

「また今度話してあげるよ」

風が吹いて、一瞬だけ頬のあたりが爽やかになった。

膝の上に置いたルーズリーフが少しだけゆらゆらしている。
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