彼と私は手を繋ぐ
私と彼女は、色々な話をした。
ほんの数時間の間に、私は町田さんを『桃ちゃん』と呼ぶようになっていた。
桃ちゃんの方は、変わらず『翠さん』のままだったけれど。
桃ちゃんは隆弥と同じ大学だけど違う科で、サークルの飲み会で知り合ったらしい。
小さい頃に好きだった漫画の王子様に似ていると、隆弥に一目惚れした彼女は、その日のうちに隆弥とベッドインしたらしい。
……ゆるふわに見えて、なかなかの行動力だ。
「タカくんは、誰でも相手にしてくれるって聞いてたから……、一度だけでも、夢見てもいいのかなって思って」
……だけど一度抱かれたら、本当に好きになっちゃって苦しい。と、桃ちゃんは言った。
「……隆弥のさ、どこが好きなの?顔しか取り柄ってないと思うんだけど」
いつか、隆弥を好きな女の子達に聞いてみたかった質問。
桃ちゃんは、また首を傾げながら、しばらく考えていた。
「……あの、あたし、……ダイエットしてるんですけど」
「ん?ダイエット?」
質問とは全く関係のない単語を返されて、今度は私が首を傾げる番だった。
「だけど、甘いモノが大好きなんですよ。とくにケーキには、目が無くて……」
うんうん、知ってるよ。
桃ちゃんのケーキを選ぶ時の目は、本当にキラキラしているから。
「食べてる時はすっごい幸せなんですけど、食べ終わってからの罪悪感と自己嫌悪もすごくて。……体重計見て、このままじゃ駄目だ~って、反省するんです。
だけど、駅を通るたびに、ケーキ屋さんが気になっちゃって」
話ながら、桃ちゃんの声は少しずつ沈んでいく。
「体にも悪いし、……駄目だってわかってるのに、甘いモノが止められなくて。
……タカくんの事も、それに似てて」
桃ちゃんの大きな瞳がキラキラしていて、綺麗だなぁ、と思っていたら、
ポロリと一粒、涙が零れ落ちた。
「意味ないって、……エッチしても、彼女にはなれないって、分かってるんだけど、……だけどタカくんの笑顔を見たら、胸がいっぱいになっちゃうんです。……その時だけは甘くて、幸せで、」
ついに桃ちゃんは俯いて、肩を震わせた。
「……どうしようもないんです。
今日だって、傘はただの口実で、……タカくんが居たら、抱いてもらいたかったんだと思うっ……」
「……桃ちゃん……」
泣きじゃくる桃ちゃんに何を言えばいいかわからなくて、私はとりあえずハンカチを渡した。
「す、いません……っ」
「ん、いーよ。どうせ安物のハンカチだもん」
外はもう真っ暗で、時計は九時を回っていた。
隆弥は今頃、誰か他の人と一緒に居るのだろう、と思った。
……もう、今日はこの部屋には帰ってこないのだろう。