彼と私は手を繋ぐ
甘い夢
あれから何週間も経っていた。
だから、もう無かったことにしようと思っていた。
辻さんは本当にいつも通りだったから、私は完全に油断しきっていた。
「翠ちゃん、ちょっといい?」
バイトが終わってタイムカードを押そうとしたら、辻さんから呼ばれた。
「あ、はい」
辻さんの後について、休憩室に入る。
……なんだろう、嫌な予感。
そわそわしていると、辻さんは気まずそうに目を泳がせた。
「あの、さ。明日って何か用事ある?」
「明日…、ですか。午後なら空いてますけど」
「じゃあさ、明日お店に来てもらっていい?ちょっと頼みたいことがあってさ」
「は、はぁ………」
頼みたいこと、って何?
だけど聞くのは何となく恐かった。
心臓がばくばくしていて、手に汗をかいている。
「んじゃ、明日」
ぽん、と私の頭に軽く手を乗せてから、辻さんは休憩室から出て行った。
辻さんが触れた場所を、私も撫でてみる。
………なに、何だろう。
もしかして今更、あの話を蒸し返したりされるだろうか。
……私が辻さんを好きだという、話を。
辻さんは意外と真面目な人だから、改めてキッチリとフラれるのかもしれない。
分かっていたことだけれど、面と向かって拒否されるのはキツい。
泣かないでいれるだろうか。
………その後、普通にバイトをやっていけるだろうか。
考えていたらどんどん不安になってきて、私は大きなため息をついた。