彼と私は手を繋ぐ
15分ほどして、休憩室にノックの音が響いた。
「ごめん、翠ちゃん、ちょっと開けて~」
両手ふさがっててドア開けれない、と辻さんの声。
私は慌てて、扉を開ける。
………まだ、他の人は来ていない。
二人きりになっちゃう………と思いながら、辻さんが持ってきたトレーの上を見る。
片方には、ケーキが4つ。
もう片方には、コーヒーが入った小さめのマグカップが二つ。
………あれ、二つ?
フォークも、二つ。
………え、他の人の分は?
唖然とする私をよそに、辻さんはヨイショっとトレーをテーブルに乗せた。
「わざわざごめんね、休みの日に」
辻さんがそう言って笑う。
まぁ、座りなよ。
そう言われて、私も辻さんの向かいに座る。
目の前のケーキは、やっぱり見たことがないケーキだった。試食であることに間違いはないらしい。
「…………あの」
「ん?」
「試食、ですよね?新作の」
「そーそー。こっちがオレンジピールの入ったチョコケーキで、こっちがミントとチョコのムース」
「あの、………他の人は?」
「え、なにが?」
「他の、バイトの人とかは来ないんですか……?」
「え、翠ちゃんしか呼んでないよ?」
……………え、え?
頭の中が真っ白になる。
なんで、私だけ?
「私そんな、……試食しても大したこと言えないですよ……?」
「いや、そんな高度なアドバイスは期待してないって」
ははは、と辻さんが笑う。
それから、気まずそうに少し目を泳がせた。
「あー………、っていうか。試食は、ただの口実?っていうかね。
ちょっとゆっくり、話したかったからさ」
…………え。
「翠ちゃんから無理矢理気持ち聞き出しておきながら、なんかほったらかしにしてたし」
ごめんね、と辻さんが眉を少し下げて笑う。
…………ヤバい、なんか既に泣きそう。
本人を目の前にして謝られたら、それはちょっとへこむ。やっぱり。
泣きそうなので、私は俯いた。
「や、いいんです。……ほんと、忘れてもらえれば、それで。忘れたフリしてもらえるのが一番………」
「え、なんで。気が変わったとか?」
「いや、だって、………迷惑じゃないですか。こんな、バイトに好きとか言われて……」
「え、全然?っていうか、嬉しかったよ、俺」
…………え。
「…………え?」
「いや、だって嬉しいじゃん。こんな可愛い子が俺のこと好きなんてさ」
ガバッと顔を上げる。
心なしか、辻さんの顔が赤く見える。