彼と私は手を繋ぐ
パティスリー・ツジ
そこは駅から徒歩五分と立地条件も良くて、小さいがなかなか評判の良いケーキ屋さんだ。
ケーキも美味しいが焼き菓子も好評で、ちょっとしたプレゼントや差し入れにもよく使われる。
この辺に住んでいる人ならばよく使うお店である。
私は元々そんなに甘いものは好きではないけれど、ここのケーキは生クリームが甘さ控えめなので嫌いではなかった。
白い外観も清潔感があって、赤いお店のロゴがよく映えていた。
店長である辻さんは、今年で三十歳になるらしく、近所のおばさん達からしょっちゅうお見合い話を持ちかけられては苦笑していた。
……まだ独身である。
外国でパティシエ修行中に恋人が居て、今でも遠距離恋愛をしている、というのが辻さんのお見合い話を断る理由になっているが、それが本当なのかはよくわからない。
ここでバイトを始めて一年近くなるけれど、辻さんには恋人の影らしきものはない。
……まさに、仕事が恋人という感じである。
焼き菓子のラッピングに熱中していた私は、背後の気配に全く気付かなかった。
「翠ちゃんは、ラッピングのセンスがあるよね」
「………!」
突然真横から声がして、私は反射的に振り向いた。
辻さんの顔が思ったよりも近くにあったので、完全に固まってしまう。
「リボンの配色センスもいいし。器用だしねぇ」
「……っ、つ、辻さん!いきなり背後に立つのやめてくださいよ!」
私は眉間にシワを寄せて、辻さんを精一杯睨む。
「あはは、ごめんごめん」
悪びれる様子もなく、辻さんは笑った。
そのまま店の奥に消えていく辻さんを見つめてから、私は思わずため息をついた。
……ああ、またやってしまった。
どうしてこう、可愛げのない態度ばかり取ってしまうのだろう。
レジに立っている唯がニヤニヤしながらこっちを見ていたので、私はそちらも睨み付ける。
「………なによ」
「顔、真っ赤。分かり易すぎ」
唯に言われて、私は両手でほっぺたを押さえた。
火照った頬に、冷え性の手のひらがひんやりと気持ち良い。
……自分が存外、赤面症だということを、辻さんと出会って初めて知った。
普通に会話する分には大丈夫なのだけれど、褒められたり、顔が近かったり、手が触れてしまうともう駄目だった。
私は、辻さんに惹かれている。
いつから、というのはあやふやで、気づいた時にはもう体の方が先に反応していた。
どうして辻さんと話すと心拍数が上がってしまうんだろう……と考えて、
何だ、私って辻さんに恋してるんだ。と気づいた日には、恥ずかしくていたたまれなくなった。
バイトを辞めてしまおうかとも思ったけれど、やっぱり辻さんの顔を見たらそんな事は言えなかった。
それ位、私は意外と純情で、自分でも驚く程恋に臆病だった。