彼と私は手を繋ぐ
唯と別れて、時計を見るともう八時を回っていた。
バイトが終わったのは六時だったから、二時間近く唯と喋っていたわけだ。
ガールズトークというものは、本当に時間を忘れてしまう。
ふとスマートフォンを見ると着信履歴が残っていて、相手を見ると隆弥だった。
せっかくふわふわとした甘い気持ちだったのに、一気に現実に引き戻された感じがして、私は肩を落とした。
時間を見ると一時間以上前で、かけ直そうか迷ったけれど、無視をするのも後味が悪い。
仕方なく、私は隆弥に電話をかける。
……時間が時間だ。もしかしたら、女の子が電話に出るかもしれない。
そうしたら、すぐに電話を切ろう。
そう心の準備をしていたのだけれど、電話に出たのは隆弥本人だった。
「電話、今気づいた。何か用?」
『みーちゃん、……ううん、用ってほどじゃないんだけど』
電話越しに聞こえる隆弥の声は、普段より頼りなくて消えてしまいそうな気がする。
『月がね、』
「……は?」
『ベランダから、月が見えてね。……綺麗だったから、……みーちゃんも、見えるかなぁって、同じ月』
「……あ、そう」
何だそれは、と呆れたけれど、こんなのも日常茶飯事だった。
隆弥はたまに、こうやって意味のわからない電話やメールを寄越す事があった。
『今、外?』
「ん、外」
『見える?月』
私は空を見上げた。
そんなに都会ではないけれど、駅の周りはビルが多い。
「んー、見えないや」
『……そっかぁ。……ごめんね、変な事言って』
隆弥の、しょんぼりした顔が目に浮かんだ。
だけど見えないものは見えないのだ。
ここで見えない月を見えたと言ったところで、隆弥にも私にも何のメリットもないだろう。
隆弥の後ろで、インターホンの音が微かに聞こえた。
きっと、女の子が来たのだろう。
『……みーちゃん、』
「誰か来たんでしょ?出なよ」
隆弥が何か言いたそうだったけれど、私は早く電話を切りたくてそう言った。
『ん、……おやすみなさい、みーちゃん』
「……おやすみ」
電話のマークを押して通話を終了してから、スマートフォンを鞄にしまった。
隆弥は甘えん坊で、寂しがり屋だ。
女の子を待っている僅かな時間が、寂しくなってしまったんだろう。
しばらく歩いて駅から離れてくると、ようやくビルの隙間から月が見えた。
……何よ、満月かと思ったら、全然違うじゃない。
満月でもなければ三日月でもない、中途半端に丸みを帯びた月。
私には大して綺麗には思えなくて、なんだか可笑しくなってしまう。
せめて、綺麗だと感じるもの位、共感してあげられたら良かったのにね。
隆弥は一人ぼっちだ、と思う。
私には、隆弥を助けてあげる術はないのだ、とも思う。
可哀想な人。
真ん丸には少し足りていない月は、なんだか隆弥みたいだと思った。