結香莉
皮を剥いたじゃがいも、玉ねぎ、ハート型にくりぬいた人参。この野菜たちが、やがておいしい特製まろやかカレーになる。
他に加える材料は、牛肉、バター、小麦粉、カレー粉、ブイヨン、にんにく、生姜、塩、ウスターソース、ケチャップ、ローリエ、ガラムマサラ。
そうそう、リンゴのすりおろしとハチミツを忘れないで。結衣の笑顔のために。
愛情というどこにも売っていない甘いスパイスが隠し味。
私は専業主婦だから、こうして丸一日かけてカレーを作るのも当然だし、新築一戸建ての真っ白な壁も常に守り抜いてきた。家事や育児に専念できる今の環境がありがたい。尚宏さんにも感謝している。
だけど、本音はやっぱりちょっと寂しい……。
寂しくない、って自分自身に言い聞かせてきたけど、この手にある『ささくれ』がいつの間にか心にもできていて、タオルケットのような柔らかいループにさえ引っ掛かる。
『ささくれ』なんて大した傷じゃないのに見た目とは対照的にズキンと痛む。もう、言い聞かせられない。
結衣が生まれてからも尚宏さんとは上手くいっていて、体の関係は満たされている。結婚七年目。私は二十九歳で尚宏さんは三十歳。まだ倦怠期は訪れていない。
でも、満たされていない部分がある。
それが『手』
つないでほしい。と願うこの手は、じゃがいものようにゴツゴツで、玉ねぎの皮のようにガサガサで魅力なんてどこにもない。
玉ねぎを切りながら涙がぼんやり滲んできた。周りの物が歪むようにゆらりと浮かんで見える。