大人のEach Love
「…僕だよ。」
と耳に入ってきたその声の持ち主は、彼の同期。隣の部署である管理課の人だった。
「和久井さんっ?驚かさないで下さいよ!」
相手が誰か分かり、ホッと安堵の溜め息をついてはみたけれど、名乗った和久井さんは更衣室の明かりを灯そうとはしなくて。
彼とは違う男性とこうして暗闇の密室に居る事で、私は心の底からの安心感は得る事が出来ずにいた。
「あ…あの。和久井さん。すみません、暗くて明かりのスイッチも見えないんです。つけて貰えませんか?」
この緊張感から少しでもいいから逃れたくて、そう言葉にしてみても、和久井さんは明かりを灯そうとはしなかった。
和久井さんが着ているだろうスーツの衣擦れ音だけが耳に入り、こちらに向かって歩いて来ている事だけは分かったんだ。
「…何も。何もしないから、怖がらないで。」
切な気な声でそう言った和久井さんは、温かな手で私の手を取りぎゅっと握り締めた…。