謝罪のプライド
「ごめん。戻るわ。会社の飲み会なの」
「あとで、お詫びのメニュー持って行くよ」
「いいよ」
「お怪我させて何もなしでは帰せないよ」
片目をパチっと瞑って、数家くんはおどけてみせる。
私は苦笑を返して厨房を出て、絆創膏のはられた指先を見てため息をつく。
「……私の謝罪にはプライドなんてあったかな」
不意にそんなことを思った。
思えば、お客からの苦情にはいつだって“またか”という思いがあった。
謝罪の言葉は、挨拶の一部のように使っていた気がする。
戻りながら近くの席をチラチラと見ると、同じお漬物の皿がおいてある。
もちろん、戻った自分たちの席にもだ。
「新沼さーん。これ、サービスですってー。ラッキー」
「うん」
例えお客に伝わるのはこの程度の感謝なのだとしても。
これが彼の流儀なのだろう。
「あれー、手どうしたんですかぁ?」
「ああ、今ガラスを拾った時に」
「お待たせしました。先程はお怪我させてしまい申し訳ありません。お詫びというわけではありませんが、こちら召し上がってください」
話している内に数家くんがやって来て枝豆を置いていく。
「あ、私枝豆は好きなんですー」
最初は変な顔をしていた美乃里も、料理の美味しさと店員の気遣いが良かったのかこの店が気に入ったようだ。
「ご贔屓にしちゃおうかな、私も」
浮かれた様子のつぶやきに、少しだけ嫌な気分になったのは内緒だ。