白の離宮
平静を保ってなに食わぬ顔をするのがこんなにも難しいなんて思っても見なかった。
リアンはワインをルナの部屋へ届けるために部屋へ向かった。が,なかなか入室できなかった。足がすくんで,ためらいを感じる。
だが…。

「ルナ…。」

「なに?リアン。何かあったの?」

「いや…ワインを一緒に飲もうと思って…。持ってきた」

「ちょうど私もワインが欲しかったのよ。タイミングがいいわね」

よく冷えた白ワイン。極甘口の白ブドウのワインで,ルナが気に入って愛飲している。唇豪奢な細工のワイングラスを桜色の唇につけて飲んでいるルナ。リアンは飲むフリをしてからルナがワインを飲み干すのを待った。
「…なんだか…眠くなってきたわ…。体も熱くて…」

ルナは長椅子に身を沈め,眠りはじめた。ワインに入れておいた眠り薬が効いたのだ。部屋着のスリットから覗くルナの白く細く伸びやかな脚がリアンを誘う。
ブチン。何かがリアンのなかで切れた。限界だ。
リアンは吸い寄せられるようにルナの桜色の唇に自分の唇をかさねた。
気持ちが抑えられない。好きだ。艶やかなブルーブラックの髪を撫でながら,細いウエストに手を這わせる。
不意に,ルナは寝返りをしようとした。はっとするリアン。

ルナをベッドルームに連れて行く。月の光が射し込むベッドルーム。白い貝殻の形のベッドに白い壁にはリボンやら白鳥の浮き彫りが施されている。こうしてみると,海の中の神殿のなかにいるようだった。
ルナを寝かせて部屋を出たとたんに,深い後悔とうしろめたさがリアンを襲った。
あの時,自分は何をしようとしたのだろう?ただただ,自分の欲望のままに動いていた気がする。ルナのすべてを手に入れたくて,ルナの心を自分に振り向かせたくて…。
なんという自分勝手な…。明日から,ルナの顔をまともに見れそうもない。
真夜中の潮風を浴びながら,ボートを漕ぐ。白の離宮をだいぶ離れた場所まできてしまった。人魚たちの歌声が聞こえる。なんだか,もの悲しい旋律だ。今の自分の気持ちにそっくり。
今夜は眠れないな…。そう思いながら,リアンは白の離宮へ向かった。


ルナは夕べの記憶がない。リアンが持ってきた白ワインを飲んでから,記憶がないのだ。長椅子に身を沈めて眠ってしまった事しか覚えていない。気が付いたら自分のベッドルームにいた。
そういえば…唇になにか触れたような…??そう思ったとたん,頬が熱くなってきた。
あ…もうどうしよう!?リアンの顔をまともに見れそうもないわ!!リアンが起きて来る前に出仕しなくては…。
ルナはあわてて支度を始めた。


…王宮・大広間…
「ねぇ?ルナ。良い計画でしょ?」

「…はっ!?い,今なにか?」

あわててソフィアを見る。

「まぁ,ルナったら聞いてなかったのね!今度,お父様がユリジュスを招いての晩餐会を開くんですって!だからその時,私とあなたが入れ替わってみないかって計画よ」

「はぁ…」

「でも,ルナとソフィア様はとても似ていらっしゃるから入れ替わっていても誰も気がつかないのではなくて?ねぇ,カメリア」

侯爵令嬢・オルタンスが扇子であおぎながらルナとソフィアを交互に見ながら侯爵令嬢・カメリアに同意を求める。

「そうですわ,ソフィア様ぁ。ルナが代わりに晩餐会に出席なされば,私たちはお忍びで浜辺のアデーナ神殿の方へ行けますわ」

ルナの意思そっちのけでお忍びのお出かけ話に花を咲かせる。

「ソフィア王女さま,お忍びでお出かけなどとんでもございません!!王女さまにもしものことがあったら,どうなさるおつもりですか!?お出かけになられるにしても,供の1人もお付けにならず!」

ルナの言葉にソフィアは頬を膨らませ拗ねてから,後でソフィア付きの女官・ユリアに衣装一式を届けさせると伝え,部屋へ戻って行った。
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