白の離宮
「ねぇ,ルナ。あなたはお父さまの持ち込んだ縁談をどう思いますか?」

ソフィア王女はルナを振り返らずに縁談の話題について意見を求めた。

「ユリジュス将軍との縁談ですか…。将軍は容姿といい,家柄といい,人柄といい全て揃った男性です。国王陛下が婿にと求められるのは当然でございましょう」

ズキズキと痛みだす胸を抑えて,心にないことを口にする。隠された存在であるゆえに,愛した男に想いを伝えることさえ出来ない。まして,王女の夫となるかもしれない相手なのだ。自分の置かれた状況,自分の立場を改めて思い知らされたような気持ちだった。

‐覚悟はしていたけれど,こんなにも惨めな気持ちになるなんて…。アクア王妃…お母さま…。エレオノーラ…。私にはやっぱり無理だったのでしょうか?私はこの想いを胸に抱えたまま王女の側に仕えることができるでしょうか?‐

控えめなサファイアの耳飾りを指先に感じながら母,アクア王妃に心のなかで問い掛けた。いつも,こんなふうに不安を感じたら真っ先に求める存在はばあやのエレオノーラただひとりだったが,ここ2年間はアクア王妃の存在を求めていた。やっぱり,実の母を本能的に求めてしまうのだろう。ルナは母に忘れ去られたと思っていたから王宮への伺候を決めたのだけれど,でも,サファイアの耳飾りを贈られたとき母の心配りに気がついたのだった。
エレオノーラの前では冷ややかに振る舞ったけれど,本当は嬉しかった。だのに父親…プレアデス国王は実の娘であるルナに一瞥しただけで何もなかった。あとから呼び出されると思ったがそれもない。やはり,忘れ去られてしまったのだろう。それがただただ悲しくって仕方がなかった。



軍務が終了してからも,無口を徹しているルナにリアンは声を掛けようか悩んだ。だいたい彼女が無口になっているときと言うのは,苛立っているときか,仕事に集中している時だからだ。たぶんおそらく,今回は前者の方だろう。彼女の好きな飲み物を出して,呼ばれたときに来れば良いだろう。
リアンはそっとルナの部屋から出て行った。
‐ルナ…。なにかあったら,1人で抱え込まないで俺に話してくれよな…。俺は不安だよ。おまえがこのまま心を殺して壊れてしまわないかと。辛くなったら,声を掛けてくれよ…‐


みんなが寝静まった頃,ルナはテラスの水辺へ近寄った。幼い子供の頃から近付くことを禁じられていた場所。エレオノーラはいつも行かないように目を光らせていたっけ。
潮の香りのする夜風にあたりながら,ルナは海水に手を浸した。月光を浴びてキラキラと輝く水面。遠く離れた場所でイルカが跳ねている。神秘的なひととき。ルナが隠された存在としてでなく,1人の人間として存在できる唯一の時間。ユリジュスがソフィアと結婚したあとも,このひとときを美しいと感じられるのだろうか?このひとときを安らかに過ごせるのだろうか?その頃,アクア王妃もまた,遠く離れた王宮でまだ1度も親子として振る舞ったことのない娘,ルナに思いを馳せていた。

‐ルナ…。あなたは今,どんな思いでこの月を眺めているのでしょう…?わたくしは知っています。あなたがユリジュスに恋をしていることを。ソフィアとユリジュスの結婚話にどれほど傷付いているのでしょう…?わたくしは母なのに何もしてあげられない…。ルナ…わたくしの娘…。なんとしてでもあなたの恋を遂げさせたい。国王陛下はソフィアに甘すぎます。わたくしの娘を日陰の身にさせやしない…!!たとえ国王陛下であろうと…!!あなたは正統な国王陛下の娘!!わたくしがきっと…きっと守ってみせます。
この王妃という地位に賭けて…‐


その頃,ソフィア王女は母・アクア王妃と隠された存在の姉・ルナの交錯した思いをよそに幸せな眠りについていた。
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