僕のonly princess
グッとさっきよりも胸に強い痛みを感じていると、コンコンコンと軽い音がして、ドアの向こうから佐知の声が聞こえた。
「薫、ちょっといい?」
「……どうぞ」
俺は手の中のペンを握りなおしながら、少し硬い声で呼びかけてきた佐知に短い返事を返した。
「もう夕飯?」
俺は敢えて俯いて課題のプリントに視線を落としながら、部屋に入ってきた佐知に先に声を掛ける。
でもそんな俺の意図なんて佐知にはお見通しで。
顔を上げなくてもわかるほど、佐知は俺に心配そうな視線を向けていた。
「まだよ。今夜はお父さんと理さんが早く帰ってこれるから夕食はそれから。後1時間くらいね」
「そう」
「ね、薫。ちょっと話さない?」
「………」
佐知の硬い声に俺はやってる振りだけだった課題から顔を上げた。
佐知がこんな風に俺に言ってきたのはいつ振りだろう。
たぶん、俺が小学生の頃以来か。
俺の佐知に向ける想いに気付いていたから、佐知は俺が中学に上がる頃には、俺とこんな風に二人きりになることを避けていた。
俺も以前なら、こんな風に二人きりになってこんなことを言われれば、色々と面倒な行動に出る危うさがあった。
だからこそ佐知が俺を遠ざけていたんだけど。
今は佐知も俺もそんな危ういことにならないと、お互いにわかっていた。
だって俺は今、微塵も佐知とどうにかなりたいなんて思わない。
佐知も俺の変化をちゃんと察している。
変われば変わるものだと、俺は変に達観していた。
それもこれも結花ちゃんの………
ダメだ。彼女のことを考えるのはダメだ。
自分で終わらせたくせに、会いたくて堪らなくなる。
「……はぁ」
俺は湧き上がった気持ちを抑え込むように溜息を吐いた。