【短編】放課後の生徒会室
少しの間が空いて、彼女は「ふっ」と吐息を漏らした。
白い手を口元に当てて、微笑んでいるようだ。
そして僕が何かを口にする前に、「知ってますよ」と言った。
イタズラ好きの子供のような笑みに、不覚にもドキッとする。
いや、もう不覚ではないのかもしれない。
今、認めたばかりではないか。
そして彼女は、小さく、よかった、と呟いた。
嬉しそうな、だけど今にも泣きだしそうな、僕の好きな声で。
「・・・よし、そろそろ始めようか」
この空気に、耐えきれなくなった。
気まずさから、とかではない。
これ以上彼女と二人でいると、熱くなる顔や、沸き上がる感情を抑えられなくなりそうだと感じたのだ。
「あの、」
席を立とうとする僕の動きを、彼女の声が制した。
中腰という、微妙な体勢になっていた僕は、その声を受け、再び椅子に座り直す。
先刻気持ちを伝えてからというもの、僕は彼女の顔をうまく直視できなくなってしまった。
気恥ずかしさと、緊張と、あと、ほんの少しの物足りなさを感じている僕には、彼女がどんな表情をしていても、一瞬にして壊れてしまえる自信がある。
って、一体何を考えているんだという話だが。
だから今だけは、なるべく早くあの馬鹿共の力を借りたいと、わりと本気で思っていたりする。
・・・ちくしょう。
あいつら、なにやってるんだ。
早くぶち壊しに来いよ。
こんなときだけ空気が読めてどうする。
などという僕の思いは、まぁ通じるはずもないのだが。
「・・・なんだ?」
これはもう、諦めて話を聞くしかなさそうだ。
・・・・はぁ、まいった。
もう終わったと油断していた、僕の負けだ。
この理性は、いつまで持つだろう。
「・・・あの、会長」
「・・・・うん」
「私、本当に、会長の彼女ということで良いんですよね?」
・・・・は?
「・・・なんだ、何を言われるかと思えば、そんなことか」
「え、いや、そんなことって」
「不安なのか?」
「それは、そうです・・・」
不安、か。
そんな余計なこと、感じる必要もないというのに。
気持ちを伝えただけでは、駄目だということか?
「・・・・冴木、ちょっと、こっちに来てくれないか?」
「え?」
「いいから」
彼女は僕に言われるがまま、席を立った。
僕も同じタイミングで席を立ち、彼女が目の前まで来るのを待つ。
どうしたら、彼女を安心させることができるだろう。
口元に拳を当てて、考える。
僕の数メートル手前で彼女は不思議そうに首を傾げてみせた。
その、ぶら下がった手首を拾い上げるようにそっと掴む。
反動で距離が僅かに縮んだ。
初めて触れたそれは、思っていたよりずっと細く、簡単に折れてしまいそうだと思った。
なんですか?と弱く口にする彼女は、今どんな顔をしているのだろう。
今は、掴んだ手を引き寄せることも、離すこともできない。
きっと今、手元に注がれている視線を動かすことができれば、引き寄せることだって容易いはずなのに。
それすら・・・・
「会長、こっち、見てください」
僕の好きな声がした。
いつもの彼女の、落ち着いた声だ。
この感じ、何かに似ている。
ああ、あれだ。
犬が飼い主の言葉にだけ反応するような、そんな感じだ。
まぁ、僕は犬ではないけれど。
でも、もう同じようなものなのかもしれない。
どうしてか、彼女の声にだけは、敏感に反応してしまう。
「そんな、泣きそうな顔しないでください」
「お前が言うな」
久しぶりに直視した彼女は、目を潤ませて笑っていた。
きっと僕の背がもう少し高ければ、上目遣いにでもなったのだろう。
いや。
今回ばかりは背が低くて良かった。
そんなものを目の当たりにしたら、自分がどうなってしまうか分からない。
そうじゃなくても、こんなに、堪らない気持ちなのだから。