甘く熱いキスで
軍部の倉庫からくすねた外套を羽織り、ユリアは息を潜めてある家の裏手の壁際にしゃがみこむ。

昨日調べた結果、ライナーの父親――マルクス・ビーガーは、確かに20年前からこの屋敷に移り住んでいた。

夜になって城を抜け出したユリアは、移動呪文を使ってビーガー邸へとやってきた。

それなりに広い庭は、手入れをする使用人がいないのか荒れ果てていて、物置小屋の周りにも雑草が生えっぱなしだ。小屋も古めかしく、扉がきちんとしまっていない。

ビーガー一家の住む家は2階建てで、1階には明かりがついている。窓から見えるカーテンは新しいもののように見えし、先ほど少しだけ見えた玄関も敷石や門はしっかりとしていた。おそらく普段使用する場所だけ、メンテナンスをしているのだろう。

ライナーは家の中だろうか……

そのとき、微かに足音が聞こえてきてユリアはグッと身を低くした。

だんだんと近づいてきた足音、それから玄関の門が開閉する音がしてユリアは少しだけ目線をあげて見る。暗闇でよく見えないが、長身のシルエットはライナーの可能性がある。玄関先の明かりで判別ができるだろうと思っていたが、その人は家には入らず庭の小屋へと向かって歩き出した。

ギッと鈍い音と共に扉を開けるその人は――

「ライナー?」

控えめに、しかし、その人には届くくらいの声を出すと、肩をビクッと揺らして振り返ってくれる。

「やっぱり、ライナー……!」
「ユリア様……どうして、ここに?」

ユリアが駆け寄るとライナーは驚いたが、すぐに家の方を見てユリアを抱き込むようにして小屋へと入った。

ライナーが呪文でランプに火を灯すと申し訳程度に小屋の中が見えるようになる。

埃っぽい小屋の中に家具はほとんどなく、隅に置かれた小さなベッドには毛布が一枚しか置いていない。
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