甘く熱いキスで
――「ユリア」

強く願ったせいか、ユリアの名を呼ぶ声まで聴こえる。幻聴というにはハッキリとした、脳に直接響くような愛しい音――「ユリア」と呼んでくれたのは、初めてだ。

「ライ、ナー?きゃ――!?」

呼びかけに応えるようにライナーの名を呼ぶと、身体が燃え盛る炎に包まれてユリアは悲鳴を上げた。

すぐにむせ返るような空気が肺へと流れ込み、身体がふわりと浮く。

これは移動呪文――ユリアの意思ではないが、ユリアは移動呪文を使っているらしい。でも、どこへ?ライナーの居場所なんて見当もつかないのに――…

「――っ、ぅ」

一瞬で過ぎた浮遊感、膝が硬く冷たい地面に擦れて痛み、そして冷たい風が肌を刺す。

ユリアは潮風の匂いにハッと顔を上げ、そして求めていた後姿をその瞳に映した。

黒い短髪に、しっかりとした肩。淀みなく歩く姿は凛々しく、そして儚げにも見えた。

「っ、ライナー!」

炎を使ったせいか体温は下がっていて、外の温度も相まって寒いくらいだ。だが、その温度差に震える暇も、血の滲んだ膝を気にする暇もなく、ユリアは地面を蹴った。

ライナーが崖の端――次の一歩は空を切るだろうとわかるくらいの場所を歩いていたから。

ユリアの降り立った場所はライナーとさほど距離が離れてなかったため、すぐに追いついたけれど、ユリアの手がライナーの服を掴んだときにはもうライナーの身体は宙に浮いていた。
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