甘く熱いキスで
「まったくもう。イェニーは心配症なのよ」

父の側近を務めるイェニーは、ユリアが小さい頃からよく面倒を見てくれた。いつ頃からか、専らお小言担当となった彼女のことを、最近は正直鬱陶しいとも思う。

成人前ならともかく、ユリアはもう19歳――途切れることなく国内や隣国の有力貴族たちから縁談の話が舞い込む年齢だ。

ヴォルフはユリアの意思を尊重して、それらを跳ね除けてくれているが、それも永遠に続くわけではない。

ユリアには政略結婚をする気などない。小さい頃からずっと夢を描いていた。結婚は、“運命の人”と――運命のキスで探し当てた王子様とするのだと。

ヴォルフがフローラ――ユリアの母親――を見つけたように、自分も自力で結婚相手を見つけるのだ。運命的な出会いと情熱的な愛、燃えるような愛を探し出してみせる。そして、子を授かって、幸せな家庭を築くのだ。

そのためにユリアは仮面舞踏会へと足を運んでいる。うるさい王国議会の議員たちを黙らせるためにも、早く相手を見つけなければならない。

運命のキスで、2人の間に――

「火を、つける人……」

ユリアがそう呟いた瞬間、コツッと足音がして、ユリアは慌てて仮面を身に付けた。キスの相手を探している時点で、おそらくユリアの正体には気付いている者が大半だろうけれど、仮面を外して対面するのはルール違反だ。

振り向くと、羽根のついた仮面を身に付けた長身の男が立っていた。薄い月明かりではその質までは判断できないが、タキシードを着てすらりとした印象だ。仮面舞踏会に来るにはシンプルすぎる装いのような気もするが、無駄にレースをひらひらさせた男よりはユリアの好みである。
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