甘く熱いキスで
「フローラ様に大怪我を負わせたそうです。ヴォルフ様が駆けつけて、最悪の事態は免れたようですが、それには私の母も関与していました」

初めて聞く話――ユリアの生まれる前の出来事であるから、ユリアが知らないのは当然であるが、エルマーやマリーからもそんな話は聞いたことがない。もちろん、ヴォルフとフローラからも。

だが、ライナーが嘘をついているようには思えないし、ライナーの両親が罪人なのだとしたら、イェニーやエルマーの反応も頷ける。

「父は事実上議会から追放され、陸軍のトップから北方警備へと左遷されました。母は、産みたくもない子供を産んで……今は、精神的な病を患っています」

ライナーの話を聞いて、ユリアの瞳から涙が零れ落ちた。ライナーはそれを優しく親指の腹で拭ってくれたけれど、ユリアは涙を止めることができない。

「母は、私を嫌っています。憎んでいると言っても……過言ではないほどに。父も、タオブンの血を引いた私の育児を拒み、私は母方の祖父に育てられました」

しかし、ライナーが6歳のときには彼の祖父も亡くなって、ライナーは彼の面倒を見られるような精神状態になかった母親の元を離れ、父親の家で15歳まで暮らした。

元々ライナーを育てるつもりなどなかった父親との生活は、どんなにつらいものだったのだろうか。

何か事情があって両親と離れ離れに……なんて、そんなものはユリアの勝手な想像でしかなかったのだ。

「父は、最初から私を売るつもりだったのでしょうね。私を捨てることだってできたのに、軍人として必要な知識や技術を叩き込まれ、15歳のとき、カペル家の当主――現在の父親が私を迎えにきました」
「そんな……」
「それが事実ですから。私は、ヴォルフ様やフローラ様にとっても会いたくない、疎ましい存在なはずです」

ライナーの乾いた笑いに胸が締め付けられる。
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