桜華抄
春の穏やかな朝日がブラインドを通して特別室に斜めに差し込む。明るさを増しながら徐々に光の束の角度を変え、ソファで眠る華の顔を照らした。まぶしさに華は目を開ける。薄手の毛布が肩からかけられ、ほの温かく気持ちいい。
軽く寝返りを打った時、ふとその違和感に気づく。いつも握っているはずの手を無意識に探す。


――私、横になっている? ソファ? どういうこと?


――朝? 朝? 朝!!


華はがばっと跳ね起きた。悠河のそばにあわてて駆け寄る。華の両目には涙が盛り上がり、次の瞬間ぽろぽろとこぼれ落ちた。

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…」

華は悠河の手を握り締めて、頬を寄せた。


いつものように出勤前の紫音が顔を出した時、華は目を真っ赤に泣き腫らしうなだれていた。

「…それが、ベッドの脇で眠っていたはずなのに、気づいたらソファに横になってて…。自分でも全然覚えていないんです。いつもなら絶対に悠河の手を握って眠るのに…」

「疲れてるもの、華ちゃん。仕方ないわ」

「でも、悠河に丸一日会わないなんて初めてなんです。もしあの世界が私の力で保っているのなら、一晩離れてたせいで何か悪いことが起りそうで、心配で…」

「今のところ、悠河の状態に変わりはないのね?」

「はい。朝来た看護師さんはそう言ってました」

「そう。じゃあ、そんなに心配すること無いわよ」

紫音は悠河の顔を眺める。特に変わった様子も見られない。ナースステーションでも何も言われなかった。どうしても華が心配だと言うのなら、後で主治医を探して状態を確かめればいいだろう。

紫音は華をソファに座らせ、買ってきたホットレモンティーを手渡す。とりあえず落ち着いて飲むように促した。
部屋を仕切るカーテンの向こうからは、規則正しい呼吸器の音が聞こえている。



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