桜華抄
ブラインドを通した春めいた朝日が光を増す。やわらかな笑みを残し美妃が去り、紫音もあわただしく会社へ出かけて行った。

華はしばらくぼんやりと悠河のそばに座っていたが、回診前のカルテを置きに来た看護師に気づき、あわてて部屋を後にする。

まさか、悠河が一人で美妃さんのところへ行くなんて。そして美妃さんが自分に協力してくれるなんて。信じられないことばかりだ。夢の中で悠河はずいぶん疲れた様子だったと美妃さんは言っていた。きっと無茶したんだ。大丈夫だといいけど…。

病院の玄関を出る。穏やかな春の陽気が華の体を包む。風がなく暖かい。

病院前の桜はほんのりとしたピンク色の花びらが次々にほころばせ、もう八分咲きほどになっていた。



――もうすぐ満開になってしまう。お願い、もう少し待って。


触れた花びらがはらりと手のひらに落ちる。ズキッと胸が痛んだ。花びらをそのまま握り締め、華はのろのろとホテルへ向かった。



昨夜はソファでぐっすり眠ったせいか、仮眠のためにベッドに入ってもなかなか眠れない。やっとうとうとしだしたと思ったら、もうアラームが鳴り響く。華はいつものようにシャワーを浴び、着替えた。

この生活が日課となって6日。ずっと前からこうして悠河と過ごしてきたような錯覚に陥るが、たった6日の出来事なのだ。そして紫音から聞かされた一週間という悠河のタイムリミットのうち、もう6日が過ぎてしまった。

怖い。

手に入るはずのないものが手に入ってしまったら、今度は失うのが身を切り刻まれるように怖くなった。

悠河がいなくなってしまう。

それはもうそんなに遠い話ではないはずだ。

ずっと手をつないでいたい。

できることならずっと二人でいたい。

別れたくない。

離れたくない。

苦しい。

誰か、助けて――



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