僕は君の名前を呼ぶ
「俺も、帰りますね。すみませんでした、ふたりでいるところに話しかけてしまって」
橘に“夏樹”と呼ばれた男はペコリと一度頭を下げるとどこかへ消えて行った。
そのあとに飛び込んできたのは、母さんのひどく心配した顔だった。
雨が次第に強くなっていく中、ひとり残された俺はとりあえず家に帰ったらしい。
でも、それから母さんの顔を見るまでの記憶がなかった。
最後に見た橘の表情が頭の中でひたすらループして、何も考えられなくなった。
目を赤くして、涙を溜めて。
今にも泣きそうだった顔がぐるぐると頭の中に広がる。
朝が来るのが、怖い。