僕は君の名前を呼ぶ
「もう、嫌なの。大切な人に傷つけられるのも、大切な人を傷つけるのも」
静かに涙を流した彩花。
彩花がそれを右手でぬぐうと、指輪が頼りなさげに光った。
遠く離れた俺たちを繋いでいてくれた指輪も、たくさん傷ついてきたんだな。
家族や恋人からの裏切りで、一番他人の気持ちに敏感なのは彩花なんだ。
義理の父親も、夏樹も。
相手のことを信じていた彼女の心は、深くえぐられた。
傷は癒えても、元通りになることは決してないんだ。
だから俺が、そんな彩花を守ってやらなければならなかったのに。
「彩花」
俺は彩花の涙をぬぐい、続けた。
「俺のことは…、忘れて……? このまま付き合っていても関係で彩花を縛りつけることになる。もう彩花を傷つけたくないんだ」
最後まで、弱い男。
『俺のこと、信じて欲しい』
『何があっても、必ず彩花を迎えに行くから』
そう言えれば、どれだけ幸せなことか。
俺は賭けてみたかったんだよ、本当は。
俺たちには輝く未来が待っているって。
可能性がわずかでも信じてみたかったんだ。
そんな頼りないものにすがりたくなるくらい、俺の心は限界だったのかもしれない。
歯車を狂わすのはこんなにも容易かったんだ。