僕は君の名前を呼ぶ


「もう、嫌なの。大切な人に傷つけられるのも、大切な人を傷つけるのも」


静かに涙を流した彩花。


彩花がそれを右手でぬぐうと、指輪が頼りなさげに光った。


遠く離れた俺たちを繋いでいてくれた指輪も、たくさん傷ついてきたんだな。




家族や恋人からの裏切りで、一番他人の気持ちに敏感なのは彩花なんだ。


義理の父親も、夏樹も。


相手のことを信じていた彼女の心は、深くえぐられた。


傷は癒えても、元通りになることは決してないんだ。


だから俺が、そんな彩花を守ってやらなければならなかったのに。


「彩花」


俺は彩花の涙をぬぐい、続けた。


「俺のことは…、忘れて……? このまま付き合っていても関係で彩花を縛りつけることになる。もう彩花を傷つけたくないんだ」


最後まで、弱い男。


『俺のこと、信じて欲しい』


『何があっても、必ず彩花を迎えに行くから』


そう言えれば、どれだけ幸せなことか。


俺は賭けてみたかったんだよ、本当は。


俺たちには輝く未来が待っているって。


可能性がわずかでも信じてみたかったんだ。


そんな頼りないものにすがりたくなるくらい、俺の心は限界だったのかもしれない。


歯車を狂わすのはこんなにも容易かったんだ。


< 350 / 419 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop