僕は君の名前を呼ぶ
“Dear my father”
「お久しぶりです。突然おじゃましてしまってすみません」
「彩花から話は聞いているわよ。寒かったでしょう、さあ、上がって」
あのあと、彩花に連れてこられたのは彩花の下宿先──彩花の母親のお姉さんの家。
彩花に会いにこっちに来るたびお世話になっていたけれど、冷却期間を挟んだからここを訪れるのは久しぶりだ。
まさか、こんな展開になるとは考えていなかった。
最初は、朝イチの新幹線でこっちに来て、彩花を探して、あわよくば仲直りして、終電に間に合うように帰られればいい方だと思っていた。
それなのに、こんなにうまく事が運んで…。
トントン拍子すぎやしないか。
現実味がない目の前のことに少し足元がふわふわしている。気を抜くと、よろけそうだ。
俺を温かく出迎えてくれた雅子(まさこ)さんは、彩花の母親に似て、真面目な印象。
彼女と同い年の旦那さんの健二(けんじ)さんは、所作が少年みたいなせいか、年齢より見た目が若く見える。
子どもはふたり。ずっと前に東京で就職して、こっちに帰ってくるのはお盆の頃と年末年始くらい、らしい。
正反対なふたりだけれど、家は温かな雰囲気をまとっていた。
「彩花の義理の父親のこと、知ってるか」
美味しい雅子さんの手料理をいただいたあと、健二さんの酒の相手をしているとこう聞かれた。
「ええ、まあ。なかなかデリケートな話題ですし、少しだけ…」
健二さんは「そうか」とつぶやくと、おちょこを静かに置いた。