僕は君の名前を呼ぶ


「…ん、彩花?」


手を繋いで館内を歩いていると、彩花がツン、と俺の手を引っ張った。


歩みを止めて、隣にいる彼女を見ると、ただ一点を見つめている。


その、視線の先には…────。


「おとうさ、ん…」


絞り出すようなかすれた声で、彩花は確かに“お父さん”と言った。


白髪まじり、中肉中背。


ごく普通の5、60代の男性。


けれど、直感的に“似てる”と思った。


キュッと口角の上がった口元もそうだけど、まとっている雰囲気が限りなく近い気がした。


俺には踏み込めない領域。


やっぱり血の繋がった親子なのだと実感させられる。


「彩花か…? 彩花なのか?」


驚きと動揺の表情をこちらに向けて近づいてくる父親。


『お父さんに会いに行く』と言ったのは彩花なのに、彼女は俺の手を握りしめうつむいている。


俺は彩花の手をそっと離すと、彼女が不安そうな顔をした。


意を決して口を開いた。


「話しておいで」


「…え?」


「お父さんと話しておいで。俺、待ってるから」


本当は俺も挨拶しなければならない。


けど、今はそんなことよりも優先すべきことがあるんだ。


正直、不安だ。


就職が決まっている。


二度と離れないと誓った。


それでも、俺が切り捨てられる理由が揃っているから。


ここには実の父親とお姉さんがいる。


憎むべき義理の父親はいない。




──だけど。


俺は君の背中を押すから、


『バカだな。何そんな心配してたの?』


早くそう言って笑ってよ。




「…ありがとう」


彩花がそう言うと俺はふたりに軽く会釈をして、その場を離れた。


─────
──


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