僕は君の名前を呼ぶ
しばらくして、次に口を割ったのは彩花だった。
「違うのお父さん。確かにふたりが離婚した当時はどうしてって思った。たくさん妬んだ。
橘のお父さんのことも夏樹くんのことも、つらいことが重なった。
けどね、ちゃんと、良いこともあったから。今わたしはこうして、海斗くんの隣にいられるから、それでいいんだ」
──『変えられない過去を悔やんでいても、何も始まらない。過去がどんなにつらいものでも、どうにもならない。
でも、それがなければ今の自分は居ないと思うの。だから今を大切に思いたいんだよ』
彩花がよく口にしていた言葉を思い出す。
大学に入ったばかりの頃、電話の向こうで彩花が言っていたことだ。
強くなりたい、と彩花は言っていたけれど、弱い人間がこんやことは言うことはできない。
俺の隣にいられるからいい、なんて、そんなこと思ってくれていたんだな。
ああ、もう。君の側面を知れば知るほど、どんどん好きになっていく。
って、不謹慎かな、俺。
「…そうか。彩花を幸せにしてくれる人が見つかって良かった。
離婚してからずっと、彩花のことを気にかけていたんだ。子離れってやつかな」
神崎さんはまた、薄い唇をキュッとあげて笑った。
永遠の別れじゃない。
このふたりは戸籍上はそうでなくても、“親子”という何よりも強い絆で結ばれているのだから。