僕は君の名前を呼ぶ
彩花はまず由美子さんに、和彦さんから暴力を受けていたことを明かした。…和彦さんの前で。
それを聞いた由美子さんは、顔を青くして驚いたらしい。
それは本当か、と彩花に確認するとすかさず和彦さんにビンタを飛ばしたんだとか。
『大切な娘に何してくれるの? 謝ってちょうだい』と。
和彦さんが彩花に手を出した事実は、どうしたって消えない。けれど、彩花は由美子さんのその一言で十分だと思った。
お父さんっ子だった彩花から神崎さんを引き離したのは由美子さんだった。
仕事ばかりの由美子さんを見て彩花は、ずっと自分は彼女に嫌われているのだと思っていた。
──“大切な娘”。
そう言ってもらえただけで、彩花には十分だった。
『彩花はお父さんっ子だから、彩花のことを考えて再婚したの。
この再婚はもちろん後悔してはいないわ。けど、彩花の気持ちをわかっていなかったのは私だったのね』
『ううん。その気持ちが嬉しいんだよ。わたし、ずっと家にひとりだったから、嫌われてるんだと思ってたもん。ありがとう、お母さん』
『彩花、本当に申し訳なかった…』
再び深々と彩花に向けて頭を下げた橘さんに、彼女はなんて言ったと思う?
『わたし、幸せになるから。だから、ちゃんと見てて』
一番の被害者である彩花が誰も責めずに、むしろ冷めた心を温めるような優しさをなげかけている。
離婚。家庭内暴力。決して“ベスト”とは言えない家庭環境ではある。
けれど、その中である意味素敵な家族像を俺は見た気がした。
やっぱり俺は、彩花と“輝く未来”を見たいんだ。彩花じゃなきゃダメなんだ。