最高のご褒美
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結局、昼間の一件のせいで作業が全部ずれこんでしまった。

こうなることは予想していたけれど、やっぱり残業……。

私は会議室の一つを占拠して、お客様向けの資料サンプルの発送準備をしていた。

あと、もう少し。

今日のうちに準備が整えられれば、明日の土曜出勤の当番の人へ集荷と発送を託せるもの。

だから、頑張ろう。

疲れた自分にそう言い聞かせ、背筋を伸ばしてイスに掛け直した。

すると、ちょうどそこへ――。

「あ……」

「やっぱり、ここで作業してると思った」

申し訳程度にノックをしつつ、こちらの応答も待たずに入ってきたのは戸波さん。

彼の顔を見たとたん、急に――張りつめていた心が解けていく。

組織の中で身を守るための心の鎧が、がらがらと音をたてて崩れて消えた。

泣きだしそうな気持ちで見つめる私のところへ、彼がゆっくりと歩み寄る。

「話はだいたい聞いてる」

「うん……」

机にちょっと腰掛けるようにして私の傍らに立つ彼と、彼をじっと見上げる私。

「災難だったな。よく我慢した」

彼の手のひらが私の髪にふわりと触れ、ぽんぽんと軽やかに頭を撫でる。

大きくて、あったかくて、頼りがいのある優しい手。

「裕介」

「うん?」

「私……」

「どうした?」

「私、頑張れてる?」

こんなときに、こんな聞き方……ずるい私。

でも今は、優しい言葉が欲しくて、思い切り甘やかして欲しかった。

「理香は頑張ってるよ。いつだって頑張ってる」

「うん……」

「みんな知ってるから。おまえが真面目にきちんとやってるってこと」

「うん……」

「まああれだ、約一名わかってないのがいるのが問題なんだけどな」

「うん……」

「でも、そのぶん俺がちゃんと見てるし、わかってるから」

「うん……」

「後輩の面倒、よく見てくれて助かってるよ。うちのグループの木下さんが心配してたぞ、おまえのこと」

「えっ、木下さんが?」

「藤倉さんはぜんぜん悪くないのにあんまりだ、って」

「木下さん……」

「"私は藤倉派ですから"とか力強く言ってたぞ」

「もう、木下さん。藤倉派って……」

元気で可愛い後輩の様子が目に浮かんで、思わずふふふと小さく笑う。

こんな私を慕ってくれる気持ちが嬉しくて有難かった。

「派閥の領袖じゃないか。俺の彼女ってすごいのな」

「裕介は、そうやってすぐからかう」

私はちょっと拗ねて、いたずらに彼の上着を引っ張った。

「私、頑張れてるんだよね?」

「ああ」

「本当に、ちゃんと……」

「俺が保証する」

彼の手が私の肩を優しく撫でる。

触れるだけで、触れるほどに私を癒す。

私だけの魔法の手。

「裕介」

「うん?」

「ご褒美」

「あ?」

「ご褒美、ください……」

こうして独り占めするだけではあきたらない、欲張りな私。

その愛おしい手で、もっと触れて、もっと愛して癒して欲しい。

なのに――。

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