最高のご褒美
*****
結局、昼間の一件のせいで作業が全部ずれこんでしまった。
こうなることは予想していたけれど、やっぱり残業……。
私は会議室の一つを占拠して、お客様向けの資料サンプルの発送準備をしていた。
あと、もう少し。
今日のうちに準備が整えられれば、明日の土曜出勤の当番の人へ集荷と発送を託せるもの。
だから、頑張ろう。
疲れた自分にそう言い聞かせ、背筋を伸ばしてイスに掛け直した。
すると、ちょうどそこへ――。
「あ……」
「やっぱり、ここで作業してると思った」
申し訳程度にノックをしつつ、こちらの応答も待たずに入ってきたのは戸波さん。
彼の顔を見たとたん、急に――張りつめていた心が解けていく。
組織の中で身を守るための心の鎧が、がらがらと音をたてて崩れて消えた。
泣きだしそうな気持ちで見つめる私のところへ、彼がゆっくりと歩み寄る。
「話はだいたい聞いてる」
「うん……」
机にちょっと腰掛けるようにして私の傍らに立つ彼と、彼をじっと見上げる私。
「災難だったな。よく我慢した」
彼の手のひらが私の髪にふわりと触れ、ぽんぽんと軽やかに頭を撫でる。
大きくて、あったかくて、頼りがいのある優しい手。
「裕介」
「うん?」
「私……」
「どうした?」
「私、頑張れてる?」
こんなときに、こんな聞き方……ずるい私。
でも今は、優しい言葉が欲しくて、思い切り甘やかして欲しかった。
「理香は頑張ってるよ。いつだって頑張ってる」
「うん……」
「みんな知ってるから。おまえが真面目にきちんとやってるってこと」
「うん……」
「まああれだ、約一名わかってないのがいるのが問題なんだけどな」
「うん……」
「でも、そのぶん俺がちゃんと見てるし、わかってるから」
「うん……」
「後輩の面倒、よく見てくれて助かってるよ。うちのグループの木下さんが心配してたぞ、おまえのこと」
「えっ、木下さんが?」
「藤倉さんはぜんぜん悪くないのにあんまりだ、って」
「木下さん……」
「"私は藤倉派ですから"とか力強く言ってたぞ」
「もう、木下さん。藤倉派って……」
元気で可愛い後輩の様子が目に浮かんで、思わずふふふと小さく笑う。
こんな私を慕ってくれる気持ちが嬉しくて有難かった。
「派閥の領袖じゃないか。俺の彼女ってすごいのな」
「裕介は、そうやってすぐからかう」
私はちょっと拗ねて、いたずらに彼の上着を引っ張った。
「私、頑張れてるんだよね?」
「ああ」
「本当に、ちゃんと……」
「俺が保証する」
彼の手が私の肩を優しく撫でる。
触れるだけで、触れるほどに私を癒す。
私だけの魔法の手。
「裕介」
「うん?」
「ご褒美」
「あ?」
「ご褒美、ください……」
こうして独り占めするだけではあきたらない、欲張りな私。
その愛おしい手で、もっと触れて、もっと愛して癒して欲しい。
なのに――。
結局、昼間の一件のせいで作業が全部ずれこんでしまった。
こうなることは予想していたけれど、やっぱり残業……。
私は会議室の一つを占拠して、お客様向けの資料サンプルの発送準備をしていた。
あと、もう少し。
今日のうちに準備が整えられれば、明日の土曜出勤の当番の人へ集荷と発送を託せるもの。
だから、頑張ろう。
疲れた自分にそう言い聞かせ、背筋を伸ばしてイスに掛け直した。
すると、ちょうどそこへ――。
「あ……」
「やっぱり、ここで作業してると思った」
申し訳程度にノックをしつつ、こちらの応答も待たずに入ってきたのは戸波さん。
彼の顔を見たとたん、急に――張りつめていた心が解けていく。
組織の中で身を守るための心の鎧が、がらがらと音をたてて崩れて消えた。
泣きだしそうな気持ちで見つめる私のところへ、彼がゆっくりと歩み寄る。
「話はだいたい聞いてる」
「うん……」
机にちょっと腰掛けるようにして私の傍らに立つ彼と、彼をじっと見上げる私。
「災難だったな。よく我慢した」
彼の手のひらが私の髪にふわりと触れ、ぽんぽんと軽やかに頭を撫でる。
大きくて、あったかくて、頼りがいのある優しい手。
「裕介」
「うん?」
「私……」
「どうした?」
「私、頑張れてる?」
こんなときに、こんな聞き方……ずるい私。
でも今は、優しい言葉が欲しくて、思い切り甘やかして欲しかった。
「理香は頑張ってるよ。いつだって頑張ってる」
「うん……」
「みんな知ってるから。おまえが真面目にきちんとやってるってこと」
「うん……」
「まああれだ、約一名わかってないのがいるのが問題なんだけどな」
「うん……」
「でも、そのぶん俺がちゃんと見てるし、わかってるから」
「うん……」
「後輩の面倒、よく見てくれて助かってるよ。うちのグループの木下さんが心配してたぞ、おまえのこと」
「えっ、木下さんが?」
「藤倉さんはぜんぜん悪くないのにあんまりだ、って」
「木下さん……」
「"私は藤倉派ですから"とか力強く言ってたぞ」
「もう、木下さん。藤倉派って……」
元気で可愛い後輩の様子が目に浮かんで、思わずふふふと小さく笑う。
こんな私を慕ってくれる気持ちが嬉しくて有難かった。
「派閥の領袖じゃないか。俺の彼女ってすごいのな」
「裕介は、そうやってすぐからかう」
私はちょっと拗ねて、いたずらに彼の上着を引っ張った。
「私、頑張れてるんだよね?」
「ああ」
「本当に、ちゃんと……」
「俺が保証する」
彼の手が私の肩を優しく撫でる。
触れるだけで、触れるほどに私を癒す。
私だけの魔法の手。
「裕介」
「うん?」
「ご褒美」
「あ?」
「ご褒美、ください……」
こうして独り占めするだけではあきたらない、欲張りな私。
その愛おしい手で、もっと触れて、もっと愛して癒して欲しい。
なのに――。