後悔なんて、ひと欠片もない
和史さんは、油彩独特の臭いを嫌った。
付き合い始めの頃、私は彼が来る週末ごとに、描きかけのカンバスや道具を片付けていた。
でも、そのうち、仕舞ったまま出さなくなった。
ジムが早く終わった日、和史さんは不意打ちのように私のアパートにやって来ることがあったから。
「絵の具の臭いが、お前の皮膚にまで染みついてるぜ」
そう言って、私の身体を愛撫しながら、濃い眉を歪めるから、私はアパートで絵筆を握るのをやめた。
私は、ベッドに腰掛け1時間前の記憶を反芻する。
そして、ベッドの下から取り出したA4サイズのノートにクロッキー(速写)を始めた。
和史さんの、耳朶から、首筋のライン。
ガッチリとした肩。
逞しい上腕二頭筋。そして、大胸筋。
私は、一心不乱に鉛筆を走らせる。
和史さんと関係を持ってから、寂しくなるたびに彼の絵を描いた。
クロッキー帳はもう3冊目だった。