溺愛御曹司に囚われて
「そんなところにファンデがついてるなんて、おかしいに決まってる。相手の女がわざとつけたんだとしても、高瀬くんがそれを許すくらいの距離にその女を置いてるってことでしょ。私だったら黒確定ね。即刻問い詰める」
「それは、そうなんだけど」
煮え切らない私を横目に、恋愛に対していつも強気な彼女は大きくため息をついた。
「まあ、こんなかわいい彼女と同棲してて、その上ベダ惚れの高瀬くんが浮気なんて、たしかにちょっと信じられないけど」
そう言われて、私は言葉に詰まる。
今私の心を占めているのは、高瀬の気持ちを信頼していたから彼の浮気なんて考えられない、という思いではない。
ただただ、これをきっかけにふたりの関係が変わってしまうことを恐れているのだ。
「でも実衣子、私、あんまり大騒ぎするようなことにしたくなくて……」
「だから調査するんでしょ! それでもし浮気じゃなかったってわかれば、何事もなく収まるじゃない。その秋音って人のリサイタル、行くつもりなんだよね」
実衣子に言われて、私はデスクの上にぽつんと置かれたメモを見た。
「……うん。まだ少し迷ってるけど」
そこにあるのは、昨日の夜、リビングのテーブルに置かれていたリサイタルの招待状の内容を書き取ったものだ。
封筒に入れられたチケットは二枚あった。
リサイタルは今日の夜二十時開演だったけど、私は昨夜の時点で高瀬に誘われたり、それらしいことを言われたりもしていない。
だとしたら、これって誰と行くつもりなの?
招待状が届くほど親しい秋音さんってヴァイオリニストとは、どこでどうやって知り合って、今はどんな関係なの?
今まで高瀬の仕事の話はあまり聞いてこなかったし、ふたりで過ごすときもあの部屋でくつろいでいることがほとんどだった。
だからいざ私の知らない高瀬を想像しようとしても、わからないことが多すぎて、なにをどう考えていいのかも判断できない。