溺愛御曹司に囚われて
普通のリサイタルならきっと一般の人も多くいるだろうし、高瀬が実家の跡継ぎとして日頃から出席しているパーティーに潜り込むよりもずっとハードルが低い。
今夜このリサイタルに行って、私の知らない高瀬を少しでも知れるなら……。
そう思ってそのときは勢いで会場と日時をメモしたんだけど、やっぱり冷静になると逃げ腰になってしまう。
「大丈夫よ、そのリサイタルっていうのがどんなものかはよくわかんないけど、メイクなら私が完璧にしてあげる。ぴかぴかのお姫様みたいにして、高瀬くんも相手の女も、腰が抜けるほど驚かせてやるんだから」
メイクが趣味といっていいほどコスメフリークの実衣子が身を乗り出してくる。
「え、リサイタルってそういうものなの? そんなに気合い入れる?」
これ、実衣子に相談して大丈夫だったかな。内心不安になる私をよそに、実衣子は口角を上げて不敵に笑う。
「小夜だってかわいいんだから、しようと思えば浮気のひとつやふたつ、すぐにできちゃうんだって見せつけてやるわ。高瀬くんもせいぜい焦ればいいのよ」
「……なんか実衣子、楽しんでるでしょ?」
「ヤダもう、あたり前じゃない! 見てて暑苦しいほどラブラブなあんたたちに、そんな危機が発生してるなんて。これが恋愛の醍醐味ってもんでしょ! だから定時までに終わらなかったぶんの仕事は、心置きなく私に任せなさい!」
隠す様子もなくおもしろそうにする実衣子につられて、私も思わず笑いそうになった。
実衣子とは同期で入社して、すぐに仲良くなった。
私が勤める小さな出版社では、書籍や地元の情報誌なんかを発行している。
私も実衣子も肩書きは編集者だけど、小さな会社だから、編集もすれば記事も書くし、企画や営業までなんでもするのだ。