溺愛御曹司に囚われて
1.甘い罠とはじまりの口紅
一週間前――。
彼は勢いよく玄関のドアを開けると、靴を脱ぐ時間も惜しんで私をきつく腕の中に閉じ込めた。
彼特有の蜜のような甘い香りを、こうして近くに感じるのは五日ぶりだ。
私だって彼とはもうずっと同じ柔軟剤を使っているはずなのに、それとは違う、私を絡め取り飲み込もうとするかのような、危なげな香りを纏っている。
事実、彼の二本の腕は私をきつく拘束していて、身動きのとれなくなった私は精一杯声を絞り出して訴えた。
「た、高瀬(たかせ)、苦しいから」
「わるい。だけど出張から帰ってすぐに新作発表記念のパーティーに出席して、五日も小夜(さよ)に会えなかっただろ」
高瀬はふたりの間にほんの少しだけ隙間を空け、こつんとおでこを合わせた。
目の前では、冬の夜空を切り取ったように深いブラックの両眼が、揺れながら私を見つめている。
高瀬はジッとまじめくさった顔で私を覗き込みつつ、その目の奥にこっそりといたずらっぽい光を含ませた。
「さっそくでわるいんだけど、キスしていいかな? ほんとははやく小夜が欲しいけど、久しぶりだし、今日はベッドでじっくりいただきたいんだよね」
身体中の熱が、瞬時にして頬に集まってくるのがわかった。
「そういうこと言わないでって、いつも言ってるのに」
私が高瀬の思惑通りに頬を染めたことを見届けると、彼は満足そうに目を細めて表情を緩める。
「だけど俺がこういうこと言ったときの小夜は特別かわいいよ。目が潤んで白いほっぺが赤くなって、一生懸命に俺を見つめてくれるだろ」
「見つめてるんじゃない! 睨んでるの!」
こうして私をからかうことが彼の楽しみのひとつだとわかってはいるのだけれど、毎回バカ正直に反応してしまうのだ。
今更だけど、そろそろ適当に受け流すってことを覚えた方がいいのかもしれない。
それも、根がまじめで融通の利かない性格の私に、可能ならの話だけど。